アメリカで大ヒット映画となった映画『ワンダーウーマン』は監督に女性が起用されたことでも話題に。映画業界では、役職、金額面でも女性への性差別は根強く残っているものの、自身の強い思いを伝えるべく世界中で女性監督が活躍を続けている。

そこで今回は、3人の女性映画監督にフューチャー。これまでの生き方や作品作りへの思いを伺った。

1人目は、27歳のイラン人女性、アナヒタ・ガズヴィニザデフ監督。

2017年カンヌ国際映画祭で上映され、世界的に有名な『ピアノ・レッスン』で知られる女性監督ジェーン・カンピオンがエグゼクティブ・プロデュースをしたことでも話題になった映画が『They』。性同一性障害の主人公を中心に、キャリアに悩む姉、移民として自分の本当の居場所が分からない姉の彼氏を通して「アイデンティティー」について考えさせられる作品です。

今回、アメリカをベースに創作活動を行うアナヒタ・ガズヴィニザデフ監督に直撃しました。彼女が作品作りに込めている思いとは?

人生で大切な選択をするまでの「不安定な時間」

映画は神秘的な森の中で、中性的な美しい子どもが詩を朗読するシーンから始まる。この少年は14歳のジェイ、性同一性障害で、思春期の体の成長をとめるためのホルモン治療をうけている。そんな彼の「考える時間」もやがてタイムリミットが近づき、医師に性別の選択を迫られる。今後の人生を決める2つの選択の狭間で、ジェイは森や文学といった自分だけがもつ美しい世界観のなかで、漂うようにアイデンティティーについて思考する。

そんなとき、アーティスト・イン・レジデンス(芸術家が一カ所に集まって、創作活動をする事業)に参加するか迷っている姉のローレンと、イランに帰るかアメリカで生活するべきか悩む姉の彼氏アラズがやってくる。答えが出ない不安定な時間を過ごす3人は、週末をアラズの親戚のイラン人家族の家で過ごす…。

今いる場所に、心が違和感を覚えている3人。悩みの種類は違ってもきっと根本にあるものは同じ。そんな心理状況が詩的な世界観で描かれている。

―なぜ、思春期の性同一性障害のジェイを主人公として描いたのでしょう?

ホルモン投与中という特別な期間に、どうやって思春期の子どもたちが「本当の自分」を見つけていくのか、ということが知りたかった

映画製作においてあるリサーチをしていたときに、自分の生まれた身体とアイデンティティーが一致しない10代の未成年たちが、身体の成長を遅らせるためにホルモン投与をしていることを知りました。

FTM(Female To Man/身体は女性、心は男性)の子では生理や胸のふくらみ、MTF(Man To Female/身体は男性、心は女性)の子では声変わりなど、性同一性障害の子どもたちにとって、心と正反対の方向に進む身体の変化は辛いもの。そしてホルモン投与で成長が止まっている期間は、性転換手術をするかについて考えることができ、自分のアイデンティティーを探求することができる特別な時間です。

そんなときに、どうやって彼らが「本当の自分」について知っていくのか、ということに興味がありストーリーを書き始めました。

―神秘的で美しい世界観を持つ、性同一性障害の主人公のジェイですが、実際に彼のモデルになる人物はいましたか?

実は、主演の俳優リース・フェフレンバッシェがちょうど同じ状況でクリニックに通っていました。

企画をしているときに、10代の性同一性障害の子どもたちを担当するシカゴの医師を訪れ、通院している子どもたちにキャスト募集のメールを送らせてもらったんです。私、基本的にプロの俳優よりも実際に本物の経験をしている人を採用するようにしていて。そして、オーディションに来たリースと話をしたとき、主人公の性格と共通点が多かったのが決め手となって、彼女を選びました。たった一つ主人公と違ったところは、ジェイはMTFですが、実際のリースはその逆ということ。彼女は女性の身体に生まれ、ホルモン投与や、手術について考ているところでした。

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―ジェイだけでなく、それぞれ登場人物が大切な選択の狭間にいて、答えを見つけることができずにいます。これらの悩みはご自身の経験と重なる点もあるのでしょうか?

外国人として、アーティストとして、自分の「家」と呼べる場所がどこなのか分からずモヤモヤとしていました

この映画の中では、ジェイの姉でアーティストのローレンや、イラン人移民の姉の彼氏が、年齢、職業、自分のベースとなる場所など、それぞれの差し迫った選択の答えが決められずにいます。

これは自分自身の体験に基づいています。この作品は私自身が、アート・イン・レジデンシーでグリーンカード(アメリカの永住権)の取得を待っているときに脚本を書きました。その頃、アーティストとしてどこをベースに創作活動を続けるべきか、移民としての自分の「家」と呼べる場所はいったいどこなのか、すべて答えが見つからずモヤモヤとした状態でした。そして、それらの疑問は、この映画製作が終わったことで、自分の中でもようやく明確になりました。結局、登場人物の問題はそれぞれ異なりますが、根本にある感情はどれも似通うところがあると思っています。

―監督本人が移民としてアメリカに来たことで得たものは?

修士取得のため渡米したのですが、その頃にはすでにイランで映画作りを学んでいたので、自分のアイデンティティーや価値観は形成されていました。

ただ、自分の国では言葉も通じるし、人も街も知っている、生活するのに問題がなかったのですが、シカゴに来たときは、ゼロから自分で新たに構築していかなければいけませんでした。でも、異文化で挑戦するひとつひとつの工程が私に新しいモノの見方をもたらし、成長させてくれました。それに映画やアートを通して多国籍の人たちと心がつながるのは素晴らしい経験で、1カ国にいては得ることのできない新しい創作の形を見つけることもできました。

―2015年のカンヌ映画祭でシネフォンダシオン(学生映画)部門最優秀賞を受賞された「Needle」など、アナヒタ監督の作品には子どもがテーマのもの多いです。なぜ、子どもにフォーカスするのですか?

思春期は、まだ大人でもないけれど、子供という存在からも遠ざかっていく…。何色でもない中間地点で自分が誰なのかはっきりとさせようとする、そんな彼らの心境が創作のインスピレーションとなっています。

また、イランで小さな頃に見た、子どものための作品だけど大人の教訓にもなる、そんな映画に影響されたことも大きいです。

―映画の中で、ジェイが「私は何歳?」と詩の一部を朗読するシーンが何度かあり、彼は性別だけでなく年齢にも疑問を抱いているようにみえました。このシーンにはどんな想いが込められていますか?

大人は多くのことを明確にしようとする。だけど、それは同時に自分の中にあるミステリーな部分が消えていってしまうことでもあると思います

現実の世界でも、将来の答えがはっきり見えずに苦しんだり、何かを決めたらその決断に縛られることを不安に思ったり、選択の間で揺らぐ人が多いはずです。

特に大人は自分の専門は何か、自分はどんな人間か、など多くのことを明確に定義しないといけない。でもそれは同時に、自分の中にあるミステリーな部分がどんどん消えていってしまうことでもある。ジェイは目に見えないことを深く考える、繊細な心を持った人です。永遠に漂うように生きていきたい、子供でい続けたい、という願望が彼にはあります。

そして生命の謎、何かに属することへの疑問、本物の自分はどんな人で、どんな人間になりたいか、人とどうやって接していきたいのか、など、多くの人が心に眠らせている疑問を、ジェイは「アイデンティティー」を見つけるために自分に質問しています。

それぞれ違うテーマの悩みをもつ主人公を描き続ける中で、監督自身のアイデンティティーも少しずつ確立していったそう。私たちにとっても、映画や本に触れることが、きっとアイデンティティーを見つける鍵なのかもしれません。

『They』

日本未公開