AIやIoT、最先端の技術が私たちに齎(もたら)す新たな世界像と、その「向こう側」ないし死角などについて、引き続き考えてみたいと思います。

 4K解像度の高精細テレビがずいぶん安価に提供されるようになりました。今ネットで検索してみたところ、10万円を切る製品も出回っているようです。

 ちなみに4Kは4キロ、つまり、現在のフルハイビジョン仕様より、縦横共に2倍細かく、2×2=4倍の画素数となる高精細品質で、横方向の水平画素数が3840本あるため「約4000」として4Kと呼ばれています。

 縦は2160画素で、縦横かけ算すれば829万4400平面画素の高精細ということになります。

 と思いきや、時代は8Kテレビへと進んでいます。つまり現在のフル・ハイビジョンより4×4=16倍も細かな高精細ビジョン。

 「うちはそんなのいらないよ、バラエティ流しとくだけだから」

 といった方がいるかもしれなません。でもこの高精細化、必ずしもエンターテインメントだけの話ではありません。

 仮に市販のモニターが8K標準となり、大量生産されるようになれば8Kで世の中の当たり前、画像処理技術も最もありふれたものが8Kベースになれば、社会は現在と相当違うものになる可能性があるからです。

 どういうことでしょうか。IoTやスマート化で考えれば、話が分かりやすいでしょう。

 つまり、コンピュータービジョンの動画撮影カメラがすべて8Kに世代交代すれば、スマートファクトリーの性能など、現在と比較にならないほど高度になる可能性が出てきます。

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コンピュータービジョンと高精細性

 工場生産ラインで、製品をカメラで映し出し画像でチェックし、品質管理などに役立てるシステムを検討してみましょう。

 一例として、リコーの「生産工程可視化システム」を取り上げてみます。HPによれば

<「最大8台のカメラ(IPカメラ)を活用した『異常』のリアルタイム検知や通報、さらに録画映像をもとにした問題の『原因』分析が簡単にでき」「『生産現場に潜んでいる問題』を原因から追求、顧客工場の更なる生産性向上に貢献する」>

 とのこと。優れた性能を誇るものであるようです。ここで、使用されているカメラ〜画像情報の品位が4倍、16倍と高精細になっていったら・・・。

 より微細な変化にも対応できるようになるのは間違いありません。その効用がとりわけ期待されるのは無人化、つまり画像情報を機械学習など、AIを用いて自動解析するようになる段階が、本当の勝負のしどころになるでしょう。

 こうした「監視カメラ」は、そもそもは人間の代用品として置かれ始めたはずでした。例えば守衛室を考えて見ましょう。

 ビルのあちこちに防犯カメラが設置されていても、それらは風景の概観を捉えているに過ぎません。

 エレベーターの中に置かれた監視カメラは、仮に何らかの事故があって人が閉じ込められている、あるいは密室であるエレベーター内で何か事件があったというとき、そこに「人間が駆けつける」ために設置される、あくまで「人の目の代用品」としてスタートしたものでした。

 少しぐらいレンズが曇っていても。あるいはちょっと画素が荒くても、人が困っていてブザーなど鳴っていれば、人間の守衛さんが「これは何かあったな」と判断して、救出なりほかの対策をとるのにたいした不足はなかった。

 しかしこれがAI相手となると話が大きく変わります。

「電子頭脳はエロビデオを観ない」

 コンピューターは善くも悪しくも、あまり人間のような融通が利きません。得られた情報がすべて、画面に映っているデータだけを頼りに、あらゆる演算を実行します。

 成人映画などで「モザイク」というものをかけることがありますが、あれは意図的に有効な「画素数」を落としているわけです。現実には一定以上の広さにわたって平均値を与えるような操作を施し、問題となる箇所の実質的な情報量を減殺しています。

 まじめな話をするならサンプリング定理など持ち出して定量的な計算が可能なトピックスですが、ここでは端的に、

 「成人映画を人間の視聴者が観れば、そこから想像を逞しくすることができる」

 というポイントを挙げておきましょう。人のニューロンは優秀です。

 翻って、コンピュータービジョンは愚直です。映ったものしか分かりません。ということは、工場の生産ラインを監視するのでも、エレベーターの防犯管理を徹底するのも、カメラ自体の精細性が、基本的なスペックを決めてしまいます。

 標語的には「電子頭脳はエロビデオを観ない」と記しておきましょう。

 いや、実際にはそういうコンテンツをAIに延々と視聴させ、学習させることは可能です。モザイクの持つ情報粒度より細かいものを別途学習させ、今よく見えないものが何であるか、など類推させるといったことも可能でしょう。

 だからと言って、コンピューターは自ら鼻の下を長くして風俗コンテンツを視聴したがりはしないという含意で、上のように記しているわけです。

 ここで読者の印象に残るようにわざとキャッチフレーズをつけているのは、以前なら通用した常識がさっぱり通じなくなったからです。

 例えば「経済は戦争より強し」と書いたとしましょう。

 言うまでもなく「ペンは剣より強し」という格言のパラフレーズで、暗号通貨などのネットワーク経済システムを巧妙に用いれば、マーストリヒト条約がユーロ圏を成立させ欧州恒久平和の一助としたような力を発揮させることができる・・・という含意です。

 ところがそれが理解できない人がいる。含意を読み取る以前に「戦争という概念と経済という概念を並べているのが理解できない、この人は戦時景気という現象をどう説明するつもりか」などというとんちんかん、ちんぷんかんぷんなリスポンスが来たりする(苦笑)。

 読書経験などが本質的に変化しているのでしょう、符牒が通じないんですね。

 古典落語には浄瑠璃などから多くの引用があり「三つ違いの兄さんと・・・」なんて言えば、大正生まれあたりまでは誰もがピンと来たであろうものが、もう現在では誰も分からない。

 落語の話芸はむしろ「教科書」に近くなり、全裸芸人みたいな、何の予備知識なしに、反射的に笑えるものがメディアで繁茂する・・・。これも時代の趨勢、仕方がないことなのでしょう。

摩滅するプライバシー

 閑話休題、高精細ビジョンが普及すると、AIを活用した自動管理が飛躍的に向上する可能性があること、また、少し余談のようにそれたのは、それにあたって、電子計算機は感情的に揺れたり、斟酌したり、疲労したり休憩したりすることなく、ただただまさに「機械(学習)」的に、プログラムされた方向性に突っ走って行くことができる。

 私はここに、80年前にチャールズ・チャップリンが描き、危惧した「モダン・タイムス」(1936)の、より深刻化した状況が再現する時期があるだろう、と見ています。

 チャップリンは、続いて1940年「独裁者」でナチス・ドイツのファシズムを徹底批判します。その背景に、合理化を徹底して推し進める「モダン・タイムス」的な発想を指摘することができるでしょう。

 つまり「合理化」の発想は民族浄化・ホロコーストまで一直線につながっていますが、チャップリンが「独裁者」撮影した時点ではいまだ部分的なものにとどまっていました。

 いわゆる「ユダヤ問題の最終解決」が決定されるヴァンゼー会議は1942年1月20日と、映画の公開から丸1年以上後のことになります。

 第2次世界大戦末期、ファシズムの猛威を見ながら、英国の作家ジョージ・オーウェルが書いた小説「1984」(1949)は、異常な発達を遂げた管理社会での、人間の内心の自由を問う問題作ですが、そこで作家が描いた双方向テレビ集音マイクなど想像上の監視テクノロジーは今から観ればまだまだ牧歌的です。

 オーウェルが「1984」を構想・執筆した1940年代はまた、人類が最初の核兵器を手にし、電子計算機の発明に成功した時期とも重なり合っています。

 核の問題は別として、民衆の監視・管理という観点からは戦後冷戦期以降、人類は様々な「発展」を経験することになります。

 オーウェル自身はこれらを目にすることなく1950年、46歳の若さで亡くなりますが、もし彼がコンピューターやGPSなどのテクノロジーを知ったなら、いったいどのような文学を展開し、警鐘を発したことでしょう?

 先ほど余談のように記した、モザイクのかかった画像でコンピューターは発情しない、という論点は、オーウェルの描く『1984』の愛情省という暗黒官庁が示唆する問題と深く関わるのですが、ここでは紙幅がつきました。別論といたしましょう。

 高精細ビジョンの社会普及は極めて重要なプラスの働きも期待できる半面、町中の防犯カメラも高精細化し、AIで莫大なデータを対象に自動顔認識・自動追従など行えば、相当の範囲でプライバシーを侵害することも、技術的には当然可能です。

 こうした先端科学技術のELSI=倫理的・法的・社会的問題は、特に欧州での取り組みと比較するとき、日本には大きな出遅れを指摘しなくてはなりません。

 高精細=良い、ではなく、高精細ビジョンの技術を用いて、いかに良い社会を作り出していくか、「はさみ」の使いようが問題になっていると思います。

筆者:伊東 乾