池袋駅で出発を待つツアー列車

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 鉄道業界における2017年度上半期最大の話題は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の「TRAIN SUITE 四季島」、西日本旅客鉄道(JR西日本)の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZE」という豪華寝台列車のデビューだろう。

 5月1日デビューの「四季島」は、3泊4日のツアーで料金が1人当たり74〜95万円、6月17日にデビューの「瑞風」は、1泊2日のツアーで料金は1人当たり27〜75万円と、どちらも高額ではありながら人気は極めて高い。両豪華列車に乗るためには、最低でも抽選倍率10倍といわれる狭き門を突破しなければならず、すでに発表された来年度初頭のツアーもすでに完売という盛況ぶりを見せている。

 少子高齢化の進展により鉄道、特に地方の鉄道の将来像は芳しいとはいえない。そのようななか、クルーズ客船のように移動の時間を楽しむ豪華寝台列車の人気は、鉄道業界にとって明るい話題だ。

 また、豪華寝台列車とまではいかなくても、工夫を凝らした専用の車両で、沿線の観光地をめぐる観光列車の人気も根強い。こちらは、いまや全国におよそ100種類を数えるまでになり、地方の鉄道では経営を支える存在になったほどだ。

 豪華寝台列車、観光列車が人々の話題に上るなか、7月にまたひとつ鉄道業界に新たな人気商品が誕生した。その商品とは、首都圏の鉄道を巡る日帰りツアーである。開催された7月15日・22日、募集人員150人に対してどちらもキャンセル待ちが600人となるほどの活況を呈し、大いに注目された。

 このツアーの異色ぶりは、説明すればするほどいっそう際立つ。朝8時59分にJR東日本山手線の池袋駅を出て、東海道線の品川駅に16時14分に至る道中は7時間15分もの長旅だ。この間、駅の外に出ることはなく、それどころか車両の外に出られる時間もごくわずかだ。

 車両に先ほど紹介した「四季島」や「瑞風」のような豪華列車が用意されたのではないかと勘ぐりたくなるが、やって来たのはJR東日本が所有するお座敷列車の「宴」だ。「宴」の車内は畳敷きと魅力的だが、車両の名前で集客できるほどの存在とはいえない。

●男性や若年層が多い、異例のツアー

 今回のツアーが人気商品となった秘密は、そのルートにある。行程の多くは、「貨物線」といって通常は貨物列車だけが走る線路を巡っていたのだ。そして、ツアーの名称も貨物線を走る点を前面に押し出した「お座敷列車『宴』で行く、知られざる都会の貨物線の旅」である。企画・催行はKNT-CTホールディングスのグループ会社であるクラブツーリズムが担当した。

 通過する貨物線をツアーの行程に沿って挙げると、総武線の新小岩駅から北上して常磐線の金町駅へと至る総武線の貨物線(通称・新金貨物線)、常磐線の三河島駅から分かれて東北線の田端駅へと至る常磐線の貨物線(通称・常磐貨物線)、根岸線の桜木町駅から横浜市内の臨海工業地帯を通り抜けて鶴見駅へと至る東海道線の貨物線(通称・高島貨物線)だ。

 ほかにも、通常の旅客列車では通らない線路や駅などが多く、新木場駅での東京臨海高速鉄道りんかい線から京葉線への乗り入れ、大船駅での横須賀線から根岸線への乗り入れ、さらには貨物駅の東北線田端信号場駅や貨物列車だけが止まる東海道線新鶴見信号場での停車も、今回のツアーのポイントとしてうたわれている。

 クラブツーリズムによると、延べ300人のツアー参加者の大多数が、いわゆる鉄道ファンで、事前の見込みどおりだったという。加えて、男女の比率は8対2と、鉄道好きは男性が多いとの世間一般の認識を証明したかたちだ。年代別に見ると、35歳以上44歳以下が38%ともっとも多く、次いで45歳以上54歳以下の27%、25歳以上34歳以下の19%と続く。

 クラブツーリズムの一般的なツアー参加者の男女比率は、4対6だという。また、年代別では45歳以上54歳以下が20%で最大、次いで55歳以上64歳以下が19%、65歳以上が18%と、シニア層が大勢を占める。したがって、男性そして若い年代が多い今回のツアーは、同社のツアーのなかでは珍しい傾向を見せたといえる。

 クラブツーリズムにとって意外だったのは、新規の利用者の比率が高かった点だという。同社によると、通常のツアーでは新規の利用者は47%程度で、半数をやや上回る利用者がリピーターだという。ところが、今回のツアーでは新規の利用者は62%と、半数を超えており、新規の顧客を獲得する効果も得られた。

 ちなみに、一般的に鉄道ファンは単独行動が多いと認識されているかもしれないが、今回のツアーでは、1人での参加者は両日とも50人ほどで、2人以上のグループでの参加が100人ほどだったという。友人同士はもちろん、家族そろって鉄道ファンという参加者も多かったと考えられる。

●高額なのに参加希望者殺到のワケ

 ツアーの旅行代金は大人1人2万2000円(子どもは1人1万9000円)と高額だ。昼食に2段重のお弁当と飲み物2本が付き、特製サインボードや記念硬券、路線地区、うちわ、お菓子セットといった土産も付いているが、高額に感じる参加者もいたのではないだろうか。

 だが、当日添乗した同社の担当者によると、金額面での不満は参加者からはまったく上がらなかったという。参加者のなかには、全国の鉄道に乗り尽くした猛者も多く、そうした人たちは普段は絶対に乗ることのできない貨物線を通るという点に価値を見いだしていたので、ツアー代金はむしろ安いとの声もあったという。何しろ、まったく同じ行程だったにもかかわらず、2度とも参加した人もいたというから、今回のツアーが鉄道ファンにとっていかに価値の高いものだったかがうかがえる。

 矢野経済研究所が15年度に実施した「『オタク』市場に関する調査」によると、鉄道ファン市場のうち、鉄道模型分野の市場の規模は前年度比3.3%増の年間95億円だったという。1人当たりの年間消費金額は約2万6000円というから、鉄道模型を楽しむ鉄道ファンの数は、単純計算で約36万7000人と推察できる。

 また、今回のツアーのように鉄道での旅行が好きな鉄道ファン、いわゆる「乗り鉄」、ほかにも写真を撮影する鉄道ファン、いわゆる「撮り鉄」といった消費動向も推測すると、熱心な鉄道ファンの総数は50万人、場合によっては100万人、その市場規模は年間150億円から300億円にも達するのではないかと思われる。

 今回のツアーの成功の陰には、人員や線路、車両の手配や調整、そして列車の運行を一手に引き受けたJR東日本のように、鉄道会社の協力が不可欠だ。従来、鉄道会社のなかには鉄道ファン向けの企画に難色を示すところも多かった。しかし、少子高齢化の進展で、今後は大都市圏でも利用者の減少が予想されるとなると、これだけの規模を持つ鉄道ファン市場を無視することは得策ではない。

 そうした追い風の吹くなか、クラブツーリズムでは鉄道ファンをターゲットにしたツアーを今後も次々に展開していくという。鉄道ファン向けのツアーが鉄道会社や旅行会社の収益の柱となる日が訪れるかもしれない。
(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)