いよいよ山が迫ってきます

川面は見えませんが子吉川の堰がある様です。

付近に道路がほとんど無いのですが鳥海山ろく線は横を通るので堰がよく見えます。

川辺駅。1938年(昭和13年)旧国鉄矢島線の羽後川辺駅として開業しました。1985年(昭和60年)由利高原鉄道転換時に川辺駅に改称されました。

綺麗な駅舎があります。

終点矢島駅に近づき山が迫ってきます。

鳥海山ろく線で唯一のトンネルに入ります。

トンネルを抜けると終点の矢島駅です。

左奥には車庫があります。1981年(昭和56年)まで、専用線発着の貨物を取り扱う駅でした。貨物列車が廃止後、構内にあった本荘運輸倉庫の跡地が由利高原鉄道の車庫になっています。

1面1線の棒状駅。終端部が奥に見えています。かつてはこの先、JR奥羽本線の院内駅まで延伸される計画がありました。そのルート、国道108号線を走ると山並みを縫って気持ちの良い道が続きます。所々狭いのと冬期は雪と凍結でタイヘンですが。

矢島駅舎です。由利高原鉄道本社も入って居るのでなかなか立派です。時計は16:35を指しています。すっかり冬の夕暮れです。

駅前広場、10〜15cmくらいの積雪。今夜の宿は駅から300m程ですが、スニーカーではちょっと無理そうです。50mも歩けばグジュグシュに濡れて明日以降の旅に差し支えそう。

さ〜て、困ったなぁ、と駅舎内で途方にくれていたら、売店の和服を着た女性が暖かい桜茶を差し出して「次の列車で戻るのか」と尋ねるので「今夜は矢島に泊まります」と応えるとかなり驚いています。聞いたところ由利高原鉄道に乗りに来た人はたいていがそのまま羽後本荘方面に戻って行くのだそうで、矢島に宿泊する人は極めて希だというのです。「何処へ泊まるのか?」という質問に「○○旅館」と言うと、筆者の足下を見て「そのスニーカーでは歩いて行くのは無理、私はこれから帰るからついでに送ってあげるよ」とおっしゃるのです。

それが観光案内所の横で売店とマツコの部屋を営む佐藤まつ子さんでした。まつ子さんの車で途中彼女の用事で銀行などに寄った後、旅館まで送ってもらいました。車の中で由利高原鉄道の話、マツコの部屋を15年目やっていること、今夜の居酒屋のオススメなどたくさんのお話を聞きました。まつ子さんありがとうございました。

さて盲腸線の宿命で明朝は矢島駅から羽後本荘駅まで戻ります。往路で撮れなかった朝の風景など「私鉄に乗ろう 16 由利高原鉄道 鳥海山ろく線 その5」に続きます。

(写真・記事/住田至朗)