小池百合子とは何者なのか。

 カイロ大留学を経て、キャスターとして颯爽とテレビ画面にデビュー。1992年には新党旋風の中で政界入りを果たす。その後、いくつかの政党を渡り歩くが、彼女の周囲には、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎ら、常に権力者の姿があった。

「男たち」の証言から、女性初の都知事の素顔に迫る。

#2から続く

 

出典:「文藝春秋」2017年8月号(全3回)

(文中一部敬称略)

女性たちからの支持

 その後、彼女の自己顕示欲が人事で解消されることはなかった。民主党に政権が移ると「自民党が天下を取るまで願掛けをし髪を切らない」と宣言し、自ら「臥薪嘗胆ヘア」と言い、マスコミに長髪となった理由を説明してみせた。

 かつては宣伝、広報に抜群の能力を発揮し重用されたが、目立ちたいという欲が空回りし始めた印象を受ける。3年後の12年、自民党に政権が戻ると今度は「断髪式」をすると言い出した。本人は国技館を借りようと思ったらしいが、それは叶わず都内のホテルで議員を中心にした知人たちにハサミを入れさせ、やはりマスコミに取材させている。

 本人は楽しんでいたのかもしれないが、少し痛々しさを感じる。こうした自己アピールも報われず、党内の「花」の役割は年若い稲田朋美や丸川珠代へと移っていった。

 見栄えのする女性である、という彼女の専売特許はもはや彼女だけのものではなくなっていたのである。

 だが、年齢が増していくのと引き換えに、得たものもあった。それは女性たちからの支持である。男社会の中で優遇されている女性というキャラクターから、男社会の中で孤軍奮闘してきた女性へと彼女は巧みに変貌を遂げたのだ。

 男性権力者から地位を与えられないのならば、自分で掴みにいけばいい。永田町は議院内閣制であるので、トップにはなかなか立てないが首長選は直接選挙である。大衆の心を掴めば一気にトップに立てる。そうした判断から昨夏の都知事選への出馬を思い立ったのだろう。


「百合子グリーン」に身を包んで選挙戦に臨んだ ©文藝春秋

 石原慎太郎の「大年増の厚化粧」といった発言は、彼女にとって絶好の追い風となる。男性に嫉妬されいじめられながらも男性社会の不正を正そうと奮闘していると有権者の眼には映った。ミニスカートとハイヒールで選挙戦を戦った小池はパンツスーツに鉢巻という、彼女がかつて「オバサン臭くて嫌」と嫌悪した選挙スタイルに身を包み、どろ臭さを見せて、女性有権者の心を掴んだ。


ただひとり応援に駆けつけた若狭衆院議員 ©文藝春秋

 この時、自民党からの除名処分を覚悟で小池の応援に駆け付けたのは若狭勝、ただひとりだった。元検事で東京地検特捜部副部長も務め、弁護士を経て14年、自民党公認で出馬し衆議院議員となった。小池とは13年の初出馬の際、選挙の応援演説をしてもらってからの縁だという。若狭は小池を擁護する。

「僕は特捜部にいて、政治家の汚職をずっと見てきた。これまでの日本の政治は『しがらみ政治』。利権構造で透明性の確保や情報公開には消極的、税金へのコスト意識も低い。この『しがらみ政治』をどうにかしなくては、政治の劣化は止まらない。小池さんは、そういったものと戦っている。自民党都連は『しがらみ政治』をしてきたから、小池さんを受け入れようとしないんです。

 そもそも日本社会はあまりにも女性の視線や意見を取り入れてこなかった。多様性のない社会は弱い。国連からも女性差別の撤廃が徹底されていないと指摘されています。だから僕は、都知事は女性がいいとかねてより思っていました。その上、創造性、決断力、実行力のある小池さんなら適任です。小池さんは『しがらみ政治』と戦っているだけで、わざと敵を作って対立構造を煽っているわけではないです」

 築地市場を抱える中央区の矢田美英区長は、1987年より区長に就任して現在8期目のベテランである。彼もまた小池の手腕に期待をかける。

「昨年夏、小池都知事が誕生して、いったん豊洲移転を立ち止まって考えると結論を下した。それは良かったと思います。ただ、ここまで時間がかかるとはちょっと予想外でした。遅くても今年1月には結論を出してくれるものだと思っていたんです。中央区はオリンピックの環状2号線の計画もあるので、とにかく決定を早くしてくれないと、そちらにも支障をきたしかねないから」

 混乱が続く中で、小池は都議選の告示日が迫った6月20日、ようやく結論を出す。それが、「築地は守る、豊洲を活かす」という併用案だ。矢田区長はこの案を歓迎するという。

「築地を売却するのではなく活用していくという案には中央区長として賛成です。もともと私も売却せずに、ホテルやミュージアム、あるいはスポーツ施設などをつくって、活気のある街ができることを望んでいましたから。食のテーマパークというのも一案でしょう。5年後をめどに豊洲に移転した業者をもう一度築地に戻すというのは現実的には大変難しい問題も多いと思いますが、区としても築地が新たな名所となるよう都と一緒に幅広く考えていきたい」

 中央区としては期待をかけているのだろう。だが、この豊洲、築地の折衷案には、「選挙対策」、「財源が定かではない」といった厳しい声も上がっている。

小池は変節したのか

 都知事になってから間もなく1年が経つ。都知事就任直後は、豊洲への移転延期を表明し、オリンピック・パラリンピック会場の見直しを掲げるなど、自民党との対立姿勢を前面に打ち出していた。都知事への支持率は非常に高く、自民党都連との戦いは、連日、ワイドショーを賑わした。


東京五輪組織委の遠藤副会長(左)と森会長(右) ©時事通信社

 その一方で、豊洲問題もオリンピック・パラリンピックの会場見直しも、何か中途半端に終わった印象が拭い切れないように思う。小池は変節したのだろうか。東京五輪組織委の副会長として交渉に立ち合った前出の遠藤は自民党議員として、この変化を好意的に受け止めていた。

「小池さんは何事も明快で、ポーンと答えを出してくる。少し早すぎるというか、周りを見ないで走っちゃうところがあるから、なかなか周りがついていけない。

 けれんみのない行動力と感性。闘争心とチャレンジ精神の旺盛さは昔から。普通の人は両脇を見て走り出すけれど、小池さんは前だけ見て横を見ない。すると、あのスピードと闘争心だから、ついていける人がいないんだ。あんまり周りに人がいないのはそのせいかな。

 都知事選を勝つために対立姿勢を打ち出したから、直後もそういったポーズを見せる必要があったんだと思う。だから、ちょっとギクシャクした面は確かにあった。でも、それは小池さんがよく経緯を知らなかったからで、今は状況を理解できたんじゃないのかな。森(喜朗・五輪組織委会長)さんと小池さんは仲がいい悪いじゃなくて政治手法や個性が違う。森さんは富士山に登るなら、皆に声をかけて訓練して食料を用意して、っていう人。まさにラグビーなんだ。一方、小池さんはヘリコプターに一人だけ乗って、中から皆に指示を出す。で、山頂に着いて、『早く来なさい』という感じ。まあ、勝負師なんだな。好きなのかもしれない、戦うことが」

 遠藤が好意的に評価する面を、逆に危惧する人もいる。都政を長年、見つめ自らも都知事選に立候補した経験を持つ弁護士の宇都宮健児は、こう憂慮していた。

「都知事になられた直後、私は小池さんに要望書を提出しました。都の職員の方に渡して帰るつもりだったんですが、『都知事がお会いになります』と言われて部屋に通されたら、たくさんの取材陣がいて。初期の小池都政にはずいぶん私たちの意見が反映されていたと思いますが、今は小池都政に疑問も抱いています。

 住民福祉は石原さんがずいぶんカットして、その分を投資や湾岸開発に回してしまった。それを小池さんはどう考えるのか。小池さんのいう都民の中に弱者が含まれているのかも疑問です。在日の方、障害者、非正規労働者、こういった人への配慮はあるのか。自民党との違いが不鮮明になってきているように感じます」


かつて都知事選に立候補した宇都宮氏 ©文藝春秋

 自民党との繋がりが小池都政の命取りになると危惧する声は、小沢一郎自由党代表からも聞かれた。

「都議選は勝つでしょう。彼女がくまなく回って応援演説すれば。では、勝ってどうするのか。そこで何をするのか。そこからはじめて彼女に、本当の評価が都民から下されることになる。だから、これからが大変なんです。

 今、子どもの火遊びみたいなことを官邸がやっている。権力の適切な使い方を安倍さんは知らない。彼女がその二の舞をするとは思わないけれど、気を付けなきゃいけない。

 人間はそれなりのポジションに就くと、どうしても保身の欲が出てきます。それが心の中で勝ってしまうと、もうダメだ。自分を捨てないと政(まつりごと)はうまくいかない。安倍政治に対する不満が、小池さんへの期待につながっている部分がある。でも、それが自民党にすり寄っているとなったら、都民は引いていくでしょう。ちょうど、民主党が自民党にすり寄ってダメになったように。

 ようやく離党届を出したようだけれど、どこまで反自民を打ち出していけるか。途中ですり寄ったらダメだ。ただ知事になっていたいと思ったら、自民でも安倍さんでもすり寄ればいいけれど。でも、何を考えているのか、もうひとつわからないところがある。理念的なものを持っているのか。自民党とそんなに大きく考え方が違わないようにも見えます」


かつて歩みを共にした小沢氏 ©文藝春秋

 築地移転の方針を示した3日後の23日、公示日を迎え都議選が本格的にスタートした。選挙を仕切るのは小池百合子の「腹心」「参謀」と言われる、元都議の野田数である。都議時代には尖閣諸島購入計画を熱烈に支持し、大日本帝国憲法の復活請願を都議会に出したことでも知られる。小池とこの野田によって「都民ファーストの会」の候補者は選定された。候補者たちは小池をひたすら仰ぎ見て、その考えに追従すると表明している。

政治家というよりも「女優」

 彼女を語る声と、彼女自身による「語り」との間にある隔たり。それを知った時、私の中で彼女は、政治家というよりも「女優」の印象が強くなった。

 彼女は与えられた役を演じているだけ。あるいは、「女性の政治家」という役割を、求めに応じて演じているだけなのではないだろうか。だからこそ、そこには彼女の深い意思を見出すことはできない。私のなかにあった彼女に対する「戸惑い」は、彼女を女優だと捉えることで消えていった。自分のイメージを守るために「語り」続ける。事実の上書きをする。主張にずれが生じることも女優であれば、役が変わるのだから当然だろう。

 スポットライトを浴びたいという欲求。どこに行けば自分が注目されるのか、どうすれば世間からヒロインとして扱われるのかを常に考える。こうした「女優」気質に彼女自身も振り回され続けているのではないだろうかと思う。


©文藝春秋

 彼女は生まれたときから頬に大きなアザがあったという。「百合ちゃんは美人じゃないから、ひとりで生きていけるようにならなくてはダメよ」と幼い頃から母に言われ続けた。このアザこそが自分の生きる原動力になったと、議員になりたての頃、雑誌のインタビューで語っている。

 彼女の人生は、この頬のアザを化粧で隠すことから大きく変わっていった。魅力的な容姿は天から与えられたものではなく、彼女の努力によって後天的に得られたものであり、だからこそ彼女は、それを最大限に活用して、自分ひとりで生きる道を模索し続けた。「語り」という化粧とともに。

 事業に失敗した父親は日本からカイロに渡ると、アラブの実力者との会合に着物を着させて娘・百合子を同伴した。男性の実力者への身の処し方は、その頃から身に着けたものなのだろう。そんな両親を小池は、最後まで経済的に支えた。「強い人が好き」と理想の男性像を聞かれて答えているが、権力者を好むと同時に、権力者になりたいと願ったのは、落魄(らくはく)し娘を何かと頼ろうとする父親を見てきたことと無関係ではないだろう。

 常に自分が生き延びることを優先し、彼女は情を切り捨ててきた。そんなものに気を捉われていたら、自分も足をすくわれて、深い淵に沈んでしまうといった強迫観念のようなものがあったのだろうか。上へ上へと浮かび上がろうとし、状況も人も利用してきた。では、すべてを手にしたとき、彼女はスポットライトを浴びるということの他に一体、何をやりたいのだろう。

 選挙カーという舞台の上で黄緑色の衣装を身につけ、「女性初の都知事」という役を演じ続けている。熱狂なき観客を前に、候補者という脇役を横に。それでも彼女の表情は恍惚と、輝いているように見えた。

(石井 妙子)