米中両国間で本格的な「経済戦争」が始まる気配が濃厚になってきた。最初の主戦場は日本にも関係の深い知的所有権の分野となりそうだ――。

 米国のトランプ大統領は8月14日、中国による米側の知的所有権の侵害や窃取の実態を本格調査するよう米通商代表部(USTR)に命じた。同大統領が選挙キャンペーン中から主張していた「中国の不正な貿易慣行の是正」を実行に移したのである。

 トランプ政権は、一連の経済問題に関する中国への抗議を、北朝鮮核問題で中国からの協力を得るためしばらく棚上げにしてきた。だが、中国からの協力は十分には得られないことが明らかになった。そこでトランプ政権は、中国に対する経済や貿易面での年来の不満や苦情をいよいよ容赦なくぶつける姿勢を明らかにしてきたというわけだ。

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「もはやこんな状況を黙視することはできない」

 トランプ大統領のUSTRへの命令は「中国による米国の知的財産の窃盗の調査」という覚書によって発せられた。トランプ大統領はこの覚書を出すに際して、次のように中国を非難した。

「中国による米国の知的財産の侵害は毎年、米側に数百万人の雇用と数百億ドルもの資金の損失をもたらしている」

「これまであまりにも長い年月、米国政府はなんの対策もとらなかった。そのために、米国の知的財産という貴重な資産が不正な方法で中国などへ流出する結果となってしまった。もはやこんな状況を黙視することはできない」

 米国が知的所有権に関して中国に抱いている不満は大きく2つある。第1に、中国の官民が米国製品の特許や商標、デザインを盗用していることである。第2には、米国のハイテク企業が中国に進出する際、中国政府に必ず中国側企業との合弁を義務づけられ、秘密情報を収奪されることだった。いずれも中国の行いは、中国が加盟する世界貿易機関(WTO)の規則に違反する。

 米国側によると、海賊版ソフトウエア、偽造品、模造品の製造、企業秘密の盗用などによって、米国企業全体で年間6000億ドルもの損害を受けており、そのほとんどが中国の仕業だという。

街を挙げて偽物を製造

 中国による米国の知的所有権の侵害の歴史は古い。米国議会の対中政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は2005年の年次報告書で以下のような調査結果を公表していた。

・中国で流通する著作権を有する業界の製品の90%以上は海賊版で、全世界の偽造品の70%ほどが中国製である。

・中国の偽造品は中国の国内総生産(GDP)全体の8%を占める。2004年の中国のGDPは1兆7000億ドルだったから、偽造品総額は約1400億ドルとなる。

・米国企業は各分野において、中国側が製造する模造品、偽造品によって巨額の損失をこうむってきた。

・中国による偽造、模造は医薬品、計測機器、工業安全製品など人間の健康や安全に直接、影響する分野にも及び、その危険性はきわめて高い。

 私自身も産経新聞中国総局長として北京に2年間駐在した期間に、中国の偽造品の洪水を実際に体験した。北京の中心部では、米国ハリウッドの最新映画の海賊版のDVDやCDがタダのような安値で山ほど売られているのを頻繁に目撃した。

 当時、中国に深く根差した偽造、模造の文化を取材して特に驚いたことの1つは、日本の大手電動工具メーカー「マキタ」の製品が、街を挙げて大々的に偽造されていることだった。上海近くの人口30万ほどの余姚という街は、街全体で「マキタ」製品の偽物を製造して経済機能を保っているようなところだった。市内に多数ある工場では、みな「マキタ」のドリル、カッターなどの偽造品を製造していた。中国当局は何度も取り締まりをしたと発表するが、実態は変わらなかった。

 第2に驚いたのは、ホンダのオートバイの偽物の多さだった。ホンダは偽造メーカーを訴えていたが、裁判の進展はあまりに遅々として進まなかった。大規模な工場で製造された偽物ホンダは大量に販売され、輸出までされていた。

確実に新たな時代に入った米中の対立

 米国の企業も、中国でのこうした偽造や模造の被害を受けてきた。トランプ政権はついにここに至って根本的な調査と是正に乗り出したというわけだ。

 トランプ政権が対中姿勢をこれほど厳しくした背景には、前述のように北朝鮮問題が複雑に機能している。中国が北朝鮮への思い切った経済制裁措置をとらないことにトランプ大統領は業を煮やし、7月初めごろから中国への非難や要求を強めるようになった。今回の知的所有権での本格調査の命令も、その流れに沿っているといえる。

 8月18日に大統領首席戦略官の地位を追われたトランプ大統領の元側近、スティ―ブ・バノン氏も、つい数日前の米国メディアとのインタビューで、現在のトランプ政権にとって最も重要な案件の1つは「中国の不公正な貿易慣行の是正」だと強調していた。

 実際にトランプ大統領の中国に対する批判や糾弾の声は、日に日に険しくなっている。貿易面での中国攻撃はまだまだ鋭くなりそうである。米中関係は確実に新たな対立の時代を迎えたともいえそうだ。

筆者:古森 義久