かつては、どの街にも豆腐屋があり、リヤカーで売り歩く姿も普通に見られた。大手メーカーが製造ラインを自動化して安い豆腐づくりに邁進した結果、小規模な豆腐屋は廃業を余儀なくされている(写真は昭和35年の豆腐売り)

写真拡大

近年、海外での日本食ブームもあって、健康志向の高いセレブからも人気の「豆腐」。しかし現在、大手豆腐メーカーの独占などによって“まちのお豆腐屋さん”が次々と消え、豆腐本来の製法技術が絶滅の危機に瀕しているという。1927年創業の老舗「手づくり豆腐 いづみや」(東京都中野区)の店主で、一般財団法人「全国豆腐連合会」の相談役を務める青山隆氏に話を聞いた。(清談社 岡田光雄)

大手の製造ライン自動化によって
滅びゆく小規模豆腐店

 日本人と豆腐の歴史は古い。奈良時代に中国から伝わったという説もあり、江戸時代には豆腐のレシピ本である『豆腐百珍』が出版されるほど、日本人は昔から豆腐好きの民族だった。

 しかし、豆腐・油揚製造業の売上総利益は減少の一途をたどっている。工業統計で見ると、1999年には2179億円だったが、2014年には1356億円にまで減少。さらに、今の豆腐業界は大手メーカーの独壇場と化し、多くの小規模豆腐店が廃業を余儀なくされている。

 その理由は製造ラインの機械化にあった。本来、豆腐の製造技法は、ほかの食品に類を見ないほど複雑で手順が多い。

「例えば絹ごし豆腐の場合、大豆を液体に浸し柔らかくしてから、磨砕でスラリー状(*)にし、煮沸後おからを分離して液体の豆腐を作り、それに凝固剤を添加、ゲル状にした後熟成・成型で固体の豆腐にして…と、多くの工程を経て性状が複雑に変化して完成します。これほど加工度が高い食品は、豆腐ぐらいしかありません」(青山氏)

 ここまで手間隙かけて一つひとつ手作業で作らなければならないとすれば、大量生産は難しい。そこで、1970年代半ば頃に大手豆腐メーカーはこぞって工場のライン化を進め、凝固工程を自動的に行ったり、パック詰めを行う装置を導入した。

 こうして、大手メーカーが価格の安い豆腐を大量に生産できるようになった結果、1960年のピーク時に5万1596軒もあった豆腐屋の数は、2015年には7525軒にまで減少してしまった(厚生労働省発表の豆腐製造事業所数)。出荷額ベースで見た内訳も、たった2.2%の大手メーカーが、業界全体の22%のシェアを占めているのだ。

(*)液体に固体が混じった泥のような状態のこと。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)