ストア哲学の英知に触れ、知識の泉から日々の生活に役立つ術を探っていきましょう。今回の題材は、当時シチリア島の行政長官だったルキリウスに宛てたセネカの書簡です。

セネカとルキリウスが実際に文通していたのかは、研究者の間でも意見がわかれるところですが、いずれにしてもセネカは、実に124通にのぼるルキリウス宛の手紙をしたためています。その内容は『道徳書簡集』、そして『ルキリウスへの手紙』にまとめられています。

芝居がそうであるように、人生においても大切なのは、それがどれだけ長く続くかではなく、どれだけ良いものなのか、ということです。どこで終わりにするかどうかは重要ではありません。自分の好きな時に終わりにすれば良いのです。ただし、良い結末で締めくくるのだけは忘れないように。

- セネカ 第77通

手紙の意味

人生とは、芝居のようなもの。ただし、ストーリーを演じるのではなく、ストーリーのなかを生きていくのです。そして大事なのは、人生の長さではなく、どのようにすばらしく生きるのか? ということ。良い人生とは、良い芝居と同じように、山あり谷ありの紆余曲折に満ちたものですが、もっとも重要なのは、誰もが味方に付くような、人を引き付ける主役の存在です。

セネカが言わんとしているのは、自分へ正直に生き、気品のある締めくくり方を見つけられるのなら、死がいつ訪れるかは問題ではない、ということでしょう。

教訓

すばらしい人生を送るのは、長くつらい生涯を耐え忍ぶよりも間違いなく良いものです。あなたは、やらなくてはならないことが山ほどあると思い込み、あくせく働き続ける毎日を送っているかもしれません。

しかし、あなたはすばらしい人生を送るために何をしているでしょうか? あなたは、ただ生きるためだけに働いていますか? それとも、誇りに思える仕事をする人生を送っていますか? セネカは、働きすぎて、熾烈な出世競争に忙殺されている私たちに警鐘を鳴らしています。

とはいえ、こう述べる人もいるでしょう。「でも私は、取り組む価値のあるあらゆることのために、生きていきたいのです。私は人生の責務を誠実に、精力的にこなしています。やり残すことがあるのは嫌なのです」と。しかし、死ぬことも人生の責務のひとつであることは、あなたもご存じでしょう。何かをやり残すことなどないのです。やり遂げなければならない責務の数は、そもそも決まっていないのですから。

- セネカ 第77通

生産性が重要になるとしたら、それは充実した生活を送っている時だけ。つまり、あなたが心の羅針盤の指し示す方角の地平線を追いかけている時だけです。だから、目を覚ましてください! 人は生きていて、語るべき物語を持っているのです。

躊躇している1分1秒が、1つ1つの言い訳が、芝居をつまらないものにしています。人はそうしたことに時間を掛けすぎていると、セネカは警告しています。

愚かな人は、ほかにもいろいろと欠点がありますが、こういう過ちも犯しています。彼らは常に、新しい人生を始めようと準備しているのです。毎日のように「新しい人生の基礎」を築こうとして、墓が目前に迫ってもなお、真新しい希望をつくろうとする者たちの不安定さがどんなにぞっとするものであるかは、あなたにもきっとおわかりのことでしょう。

自身の心のうちを深くのぞき、ひとつひとつのできごとを考えてみてください。政治家としてのキャリアであれ、旅であれ、仕事であれ、準備をし続ける老人の姿を思い浮かべてみてください。そして、年老いた時に、生き続けるための準備を整えることよりも根本的なものがあるのではないか、と考えてみてください。

- セネカ 第13通

自分がマンネリ化している、型にはまっている、空回りしていると感じたら、以下のことを自問してみてください。いまがその時です。

自分の芝居は観る価値があるのか?自分の演技は満足できるものか?満足できる演技をするために、つまり、満足できる人生を送るために、自分は何ができるのか?

拍手喝采を浴びたり、観客を総立ちにさせたりすることはできないかもしれません。でも、きっと幕が閉じる時には、人生を見事に演じきったと感じながら、安らかな気持ちで眠りにつけることでしょう。

なお、セネカのすべての手紙(英文)は、Wikisourceで読めます。

Why Your Life Should Be Like a Great Play | Lifehacker US

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