女性の結婚率は、35歳を境に急激に下降する。

東京で、まことしやかにささやかれる言葉だ。

他にも、身体の変化、実家の問題、将来への不安と、目を背けたいことが増えてくる年齢でもある。

だがしかし。そんな悲観を抱くことは一切なく、麗しき独身人生を謳歌する女がいた。

恭子、35歳。

彼女が歩けば、男たちは羨望の眼差しで振り返り、女たちは嫉妬する。

恭子は一体、何を考えているのか?

これまでは、恭子の新卒時代の同期・なつみや、部下・周平が登場。

今日は外資系ラグジュアリーブランドで働く周平の元彼女・瑠璃子が、20代の女の目線から、恭子について語る。




「瑠璃子ちゃんは、いいなあ。若くて可愛くて、まだまだチャンスもいっぱいあって」

PRチームの女性陣で『クリスタ』でランチをしていたときのこと。先輩の理奈さんが不意に私に向かって言った。

「それに比べてあたしなんて!先週の食事会、散々だったの」

理奈さんは豪快な調子で自虐ネタを披露している。

-また始まっちゃったね、理奈さんの自虐。

チームメンバー同士で目配せをしながら、苦笑いする。

理奈さんも、せめてもっと凛としていればいいのに。そう、例えば、恭子さんみたいに。

恭子さんと理奈さんは、同じ35歳。理奈さんが今も独身な理由には誰もがなんとなく心当たりがあるけれど、恭子さんに関しては別だ。

皆が首をかしげて口々にこう言う。

「恭子さん、あんなに美しくて完璧なのに、どうして独身なんだろう?」

どうして誰も気がつかないんだろう。恭子さんは高嶺の花と崇められるがあまり、皆に敬遠されて婚期を逃し、キャリアばかり登り詰めてしまった典型的なパターンじゃないか。

「私、ちょっと寄るとこあるからお先に」

理奈さんの話に飽きた私は、一足先に店を出て、コーヒーを買いに立ち寄ることにした。


女の武器は若さと愛嬌だと豪語する瑠璃子


恭子さんの、女としての致命的な欠点


社内には恭子さんに憧れる熱狂的な信者のような後輩が何名か存在する。あんな30代になるのが目標らしい。

でも、全く理解できない。私は恭子さんみたいには絶対になりたくないから。

「だって、結局独身じゃない…」

私は吐き捨てるようにひとり呟いた。

そもそも、いくら美しくても恭子さんには致命的な欠点がある。私にはあって、彼女にはないもの。

それは、若さと愛嬌だ。

恭子さんなんて私にとっては相手にもならない、そんな存在だ。どこの誰が彼女についていくら賞賛しようとどうでもいい。そう思っていた。

ただ、ひとりを除いては-。




スターバックスに着くと、レジを待つ列の中に見覚えのある後ろ姿を発見し、思わず駆け寄って背中を指でつつく。

「お疲れ様」

私の声に振り返ったのは、周平だ。

「瑠璃子、お疲れ様」

周平は爽やかな笑顔を見せると、当然のように私の分のソイ・ラテも一緒にオーダーしてくれた。

会社までの短い道のりを肩を並べて歩きながら、周平の横顔をそっと見上げる。相変わらず私の好みど真ん中の、整った顔立ちだ。

周平とは昨年付き合っていたけれど、半年で別れてしまった。あのとき、結婚まで事を進めたくてちょっと焦りすぎてしまったことを、今となっては深く反省している。

だけど、気持ちが冷めたわけじゃない。周平だってきっとそう。結婚を望むタイミングが合わなかっただけで、今でも私のことは特別な存在だと思っていてくれるはずだ。

その証拠に、今でも何ら変わらず優しいし、私がスタバで必ずソイ・ラテを飲むこともこうして覚えてくれている。

だから私はいつだって、彼と復縁するチャンスをひっそりと狙っているのだ。

「そうだ、瑠璃子に相談があったんだ」

周平は屈託のない笑顔で尋ねた。

「日頃のお礼に、恭子さんを食事に誘おうと思っていて。どこか、いいお店知らない?瑠璃子、レストラン詳しいよね」

その言葉に、胸がちくりと痛む。

あとでお店のリスト送るから任せて、と言い残すと私は自分のデスクに戻った。

その日の午後は、全然仕事に集中できなかった。

直属の上司にお礼をしたいというだけで、特別な意味があるわけじゃない。あるわけが、ないじゃない。

自分にそう言い聞かせたけれど、女の勘というのだろうか、どうしてかひどく嫌な予感がするのだ。

デスクトップを見つめているふりをしながら、私の視線はPC越しに見える隣のチームの恭子さんに囚われていた。

周平が、書類を見せながら恭子さんに何かを相談している。二人の距離もなんだか必要以上に近いし、いつも穏やかなはずの周平のテンションが少し高く見えるのは気のせいだろうか。

腕を組んでじっくりと2人を観察しながら、このままこの件を放置してはいけないような気がした。

まずは、周平に頼まれた店選び、どうしたものか-。


恭子と周平の仲を割くため、瑠璃子は計画を立てる…




恭子さんとの勝負


私が周平に提案した店は、東京タワーが真正面に見える『ワカヌイ グリルダイニング・バー東京』だ。

周平に無理やり頼み込んで、私も含めて3人で行くことになった。

彼ははじめ首を縦に振らなかったけれど、恭子さんの「いいじゃない。瑠璃子ちゃんも一緒に行こうよ」という鶴の一声で簡単に決まった。

ワインリストを広げて戸惑っている周平のことは気にもとめず、恭子さんはスマートに、食事に合わせてボトルワインをオーダーしていく。

大皿のステーキが運ばれてくると、恭子さんは「わぁ」と感嘆の声を小さくあげ、その細い体からは想像もできないほどよく食べた。

私はしばらく呆気にとられていたが、はっと我に返る。

今日の目的はステーキを食べることじゃない。周平に相応しいのはこの私だということをはっきりさせるため、恭子さんに勝負を挑むのだ。

タイミングを見計らって切り出した。

「恭子さんって、どういう男性がタイプなんですか?」

少し考えるようにしている恭子さんの返事は待たずに続けた。

「恭子さんみたいな大人の女性は、年下の男ってイメージじゃないですよね。例えば20代の男性なんて、恭子さんには子供すぎますよね」

すると恭子さんは淡々とした表情で答えた。

「そんなことないわよ。20代だって、大人でしょ」

周平に目を遣ると、まるで自分のことを褒められたかのように微妙に照れている。

しまった-。焦った私は次の瞬間、とびきり意地悪な言葉を口にしていた。

「そうですか?恭子さんは大人の男性が似合いますよ。例えばディレクターみたいな…」

恭子さんは何も答えず目をぱちくりさせている。ほら、やっぱり。何も言えないところを見ると、やはりディレクターとの怪しい噂はクロなんじゃないか。

すると恭子さんより先に口を開いたのは、周平だった。

「何言ってんだよ。ディレクターは既婚者なんだから」

周平の声は怒りを帯びているように聞こえた。彼だって、あの噂を知っているはずなのに。

途端にその場が気まずさに包まれたが、恭子さんの「デザート食べたいな」という無邪気な一言により沈黙は破られ、ふただび和やかな空気が流れ出した。

その後も恭子さんは、ペースを崩すことはなかった。

彼女が化粧室に席を外している間に、周平がすかさず会計を頼んだが、すでにいつのまにか恭子さんが会計を済ませたという。

「あーあ…今日は先日のミスのお詫びで僕から誘ったつもりだったのに…」

周平はがっくりと頭を垂れている。

それを見て、確信したことがひとつあった。

-恭子さん、やっぱりあなたには可愛げが足りない。

恭子さんが席に戻るのを待ちながら、私は口元を拭うナプキンの下で小さく微笑んだ。

店から出ると、昼間の暑さとは打って変わって、夜風が少し肌寒い。恭子さんは速やかにタクシーを捕まえ、風のように去っていった。

「なんか、恭子さんって、一緒にいると面食らうことばっかりなんだよな」

周平がぼそりと呟く。

「ワインはスマートに選んでくれるし、食事もあんな美味しそうにたいらげるし。会計もいつのまにか済ませてくれちゃって、本当にかっこいいんだよな」

驚いて見上げると、周平はうっとりとした目つきでどこか遠くを見ている。その目には、確かに見覚えがあった。

そう、付き合っていた頃、私に向けていた、あの目だ。

それに気づいた途端、バッグを握りしめていた手がじわりと汗ばんでくるのを感じた。

▶Next:8月28日月曜更新予定
恭子の独身友達・理奈は、恭子のことをどう思っている?