F1GPが始まる前はスポーツカーで活躍していたフェラーリ

 フェラーリと言えば近代のグランプリ=F1GPが制定された1950年から一貫して参戦を続け、通算での参戦数、勝利数、コンストラクターズタイトル獲得回数でもライバルを圧倒する名門中の名門。

 そして、そもそもスクーデリア・フェラーリは創設者であるエンツォ・フェラーリがアルファ・ロメオのワークスチームを運営していた経歴を持っていて、51年のイギリスGPで初めてアルファ・ロメオを破った時にエンツォ・フェラーリが「私は母親を殺してしまった」と言ったのも、彼らがF1GPの主人公であることを印象付けるエピソードになっている。

 しかし、F1GPが制定される以前にはむしろスポーツカーレースにおける活躍が顕著だった。事実、今でもスポーツカーの世界一決定戦と位置付けられるル・マン24時間レースでは、戦後の初開催となった1949年の第17回大会に初出場すると、ドライエやドラージュといった3リッターを超える大排気量車を向こうに回し、2リッターと小排気量ながらジョアッキーノ・コロンボが手掛けたV12エンジンを搭載した166MMで初優勝している。さらに1954年にル・マン24時間での2勝目を挙げると、58年にはジャガーの4連覇を阻止。そして60年からは破竹の6連覇を飾っている。

 以前、フォードGTの項で紹介したように、スポーツカーレースに進出しようとした大メーカーのフォードが、まさにこれを手に入れて自らのスポーツイメージを高めようとしたことは容易に納得できるだろう。

 さて、フェラーリがF1GPだけでなくスポーツカーレースにおいても名門であったことから話を始めた以上、メーカー選手権の時代……1962〜67年の国際マニュファクチャラーズ選手権、68〜71年の国際メーカー選手権、そして72〜80年の世界メーカー選手権を通しての約20年間、と勝手に定義しているのだが、それ以前の活躍にも触れない訳にはいかないだろう。

 ということで、これまではメーカー選手権で活躍したレーシングカーを紹介してきたが、それ以前、1953年に始まった世界スポーツカー選手権でのフェラーリの活躍を振り返っておこう。

 フェラーリの名を持つ最初のスポーツカーが誕生したのは1947年のこと。コロンボがデザインした1.5リッターの60度V12エンジンを搭載し、その気筒あたりの排気量からTipo125と命名されていた。デビューレースでは、優勝こそ叶わなかったが、その高いポテンシャルの一端を披露することになったTipo125は、すぐに排気量を拡大。2リッターのTipo166は、先に紹介したようにル・マン24時間レースのデビューイヤーに優勝するなど大活躍している。

9年間で7回のチャンピオンを獲得

 1953年には新たにスポーツカーによる世界選手権タイトルが制定され、もちろんフェラーリもこれに参戦することになった。初年度の主戦マシンはTipo340 MMとTipo375 MM。

 ともにアウレリオ・ランプレディが手掛けたV型12気筒で前者は4.1リッター、後者は4.5リッターの排気量を持った、通称「ランプレディ・エンジン」を搭載。緒戦のセブリングは事実上欠席したものの、続くミッレ・ミリアでTipo340 MMが勝ち、ル・マン24時間を挟んでスパ24時間とニュルブルクリンク1000kmではTipo375 MMが2連勝。都合3勝を上げ初代王者に輝いている。

 翌54年、参戦マシンのリストにはTipo375 MMに加えてTipo375 MM PlusとTipo750 Monzaが登場している。Tipo750 Monza搭載されるエンジンはランプレディが手掛けたものだがV12ではなく直列4気筒で排気量は3リッターの新たに開発されたユニットだった。

 シリーズ開幕戦のブエノスアイレス1000kmでTipo375 MMが勝ち、イギリスで行われた第5戦のRACツーリスト・トロフィーではTipo750 Monzaが初優勝を飾るなど6戦4勝で前年に続いてシリーズを連覇。55年はメルセデス・ベンツに一歩後れをとってシリーズ2位に甘んじたものの、翌56年からは3連覇。さらに59年にはアストン・マーチンにタイトルを奪われたものの2位を堅持し、翌60年から61年にかけて連覇。9年間の世界スポーツカー選手権でタイトル7回、2位2回と他を圧倒していた。

 62年には、いよいよメーカー選手権……正確には車両製造車のための選手権と定義される国際マニュファクチャラーズ選手権(International Manufacturers Championship)が始まることになるのだが、それはまた改めて。

 ボンネットからフェンダーにかけてゼッケンナンバーを大きく描いた#56号車は1947年式Tipo125 S。初めてフェラーリを名乗ったクルマで3台が製作されたが、のちにTipo166に生まれ変わっており、ガレリア・フェラーリ(フェラーリ博物館)に収蔵されているこれはのちに製作されたレプリカで、2013年12月に撮影。Tipo125用の47年式V12エンジンは同じく13年12月にイタリアのルイジ・ボンファンティ-フィマール自動車博物館で撮影。

 ノーズとフェンダーサイドにゼッケンサークルを持った#22号車は49年式のTipo166 MM。ゼッケン22番は同年のル・マン24時間優勝車、ということになるがレース中の写真とは細部が異なり優勝した個体そのものかは不明。2012年6月にル・マン・サーキット博物館にて撮影。

 ゼッケンサークルの中にゼッケンナンバーが書き込まれず、却ってプランシングホースが目立つことになっているのは1954年式のTipo750 Monzaで、2015年の2月にオランダの国立自動車博物館、通称“ローマン・コレクション”で撮影。

 ちなみに、ゼッケンナンバーが書き込まれた#8号車(コクピット&リアビュー)は13年の12月にガレリア・フェラーリで撮影したもの。ダークレッドのボディでノーズを白く塗った、まるでアルファ・ロメオのようなカラーリングの個体は1956年式のTipo860 Monzaで、2010年9月にドイツのジンスハイム自動車博物館で撮影。ウィンドシールドに#353のゼッケンナンバーが描かれているのは1957年式のTipo500 TRC。ちなみにTRCはテスタ・ロッサ・コンペティジオーネ(Testa Rossa Competizione:Testa Rossa は赤い頭を意味する伊語で、カムカバーが赤く塗られていたことから命名)の意。やはり2013年の12月にガレリア・フェラーリで撮影した1台。