今年は各地で平年に比べ晴れの日が少ない夏となっていますが、暦でも立秋から処暑に向かい、秋の足音が近づいてきています。旧暦の8月20日は定家忌。平安末期・鎌倉初期の大歌人、歌学者で『新古今和歌集』『小倉百人一首』の撰者でもある藤原定家(1162〜1241)。彼の歌と、定家忌をモチーフにした俳句を探ってみましょう。


見渡せば花ももみぢもなかりけり

まずは定家の歌から。秋の雰囲気のものからいくつか選びました。
・見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやのあきの夕ぐれ
花も紅葉も無い、苫屋、すなわち小さな漁師小屋があるだけの海辺。眼前に無いものを示すことで秋の夕暮れの趣きが強調される、定家の代表作として有名な歌ですね。
・さむしろや待つ夜(よ)の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫
冷たい筵に夜更けとともに吹きつのる秋の風と、月の光を敷き独り待つ宇治の橋姫の情景。宇治の橋姫は、女神的な存在とも、白拍子とも解釈されます。
・ひとりぬる山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床のつきかげ
独りで寝ている山鳥の尾は、長く垂れ下がっている。その尾の先に置かれた霜かと迷う、ゆらゆらと漂う月光の陰影。
・三代までに星を戴く年ふりてまくらに落つるあきのはつ霜
この「三代」は定家のお父さんから続く家系のことを指したのか、あるいは定家が仕える貴人たちのことなのか。いずれにしても、長い年月に思いを馳せつつ自らの枕元に焦点を当てており、定家の技法が光ります。
・鳴く千鳥袖のみなとをとひ来かしもろこし船も夜のめざめに
こちらは冬の歌。自分の袖を夢の港に定めて、千鳥や唐への船よ寝覚めに訪れよという、定家にしては異色な作風のようですが、スケールの大きな歌です。

現代の京都の宇治橋


定家忌や勤めやすまず川田順

続いて、定家忌(ていかき)をモチーフにした俳句を探ってみます。
・定家忌や芒に欠けし月一ツ         松瀬青々
・定家忌や静かをいはゞ庭の雨        松根東洋城
・定家忌の秋草壺を隠すほど          福田蓼汀
・やや冷えて定家忌までの白絣         森澄雄
・定家忌へまかる左手(ゆんで)の皇居かな   山口誓子

定家忌については、その季節である秋の気配を主役に、遠い中世の歌人に思いを馳せた雰囲気の句が並びます。しかし昭和初期に「ホトトギス」の黄金時代を築いた山口誓子のこちらの句には、もう一つの意味が込められています。
・定家忌や勤(つと)めやすまず川田順     山口誓子
川田順は、山口誓子の会社員時代の上司の歌人。定家も研究していたようです。歌人として勤め人としてともに立派な業績を残した上に、病弱だった誓子を何かとサポートした直属の上司でした。この句には川田順への尊敬と感謝の念、そして大歌人・定家を通じての文学への思いが込められ、余韻が心に沁みます。
たとえ遠い存在でも忌日の句には、故人への尊崇の念を表し、心を寄せることができるのですね。
<歌の引用と参考文献>
塚本邦雄『定家百首』(講談社)
<句の引用と参考文献>
『カラー図説 日本大歳時記 秋』 (講談社)
『新日本大歳時記 カラー版 秋』 (講談社)
『20世紀日本人名事典』(日外アソシエーツ)