90歳でセールスをしている奇跡的レディが日本に300人以上いると聞いて驚いた本誌が取材したのは、大分県にお住いの「愛されキャラ」の92歳。仕事を生きがいに、美と輝きを保って働いている姿は、まさにスーパーレディだった――。
 
福岡空港から車を走らせること約1時間。福岡県との境に位置する大分県日田市の「ポーラ ザ ビューティー」日田駅前通店で、秋吉カズさんが記者を出迎えてくれた。
 
「コレ(洋服をさして)いつのだと思います? 38年前のなの。孫が誕生して、抱いて記念撮影したときの服よ」
 
少しいたずらっぽくほほ笑みながら記者に話しかける秋吉さんは大正14(1925)年9月生まれの91歳。薄いピンクと紫のチェックのスーツにパールのネックレスを品よく装い、指先にはピンクベージュのネイル! さらに驚くのが秋吉さんの透明感ある肌つや。もちもちっとした質感で手を伸ばしたくなる。どう見ても70代くらい!
 
そして、化粧品をはじめ美容に関するポーラの商品をセールスする「ポーラレディ」(現在は「ビューティーディレクター」と呼ぶ)を58年間、今も現役で務めている。
 
「今日も10時から、ここで新しい商品の勉強会に参加しているの。楽しいですよ〜」
 
各地区で半期に1度、販売目標や永年勤続などを達成した人を表彰する大会が開催され、秋吉さんも、7月に「九州エリア北部センター合同大会」に最年長者として参加。トータル美容に関する賞も受賞し表彰された。
 
秋吉さんがポーラレディになったのは昭和34('59)年、34歳のときだ。
 
「もともとポーラの化粧品を使っていたところ『やってみない?』と誘われました。これは私がポーラに入ったときにもらった手帳よ。ずっと金庫にしまってあったの」
 
そう見せてくれた手帳には58年前のお客さんとの約束が、きれいな字でつづられている。先日、生涯の販売業績が累計2億円を突破した秋吉さん。仕事をした中でのいちばんの思い出は、販売業績が500万円を達成したときだと振り返る。
 
「昭和40年代、化粧品が250円から売られていたころね。達成記念にお祝いを頂き、東京に招待されたんです。帝国ホテルに泊まり、日比谷公会堂でのポーラレディの大会に出て、横浜の研究所を見学し、京都や和歌山県の白浜に旅行をしてうれしかった。まだ息子も大学生でした」
 
現在は娘さんと2人暮らし。息子さん家族は福岡に。3人のお孫さんも独立。ひ孫も3人いるという。
 
秋吉さんは自分が所属する日田駅前通店には、月2回の新商品の勉強会や、商品受け取りのときに訪れる。同店オーナー・廣瀬賢美さんの、「カズさんは、うちの宝ですよ!」という言葉に、「お客さまに商品をお届けすると元気をもらえる。みんなと仲よくできて、今はいたわってもらって幸せですよ」と。
 
美しさの秘訣を聞くと、「何もないわよ。ワガママしているから」という秋吉さんだが、廣瀬オーナーが、「食生活もすごく気をつけられてますよ。お肉が好きですよね?(笑)」と教えてくれた。
 
また、オイルもオメガ3を使い、酵素や目にいいサプリメントも飲んでいるという。
 
「オイルはそれで料理しますね。酵素も2年飲んでいます。たいがい『いい』って人から言われることはやってるわ。野菜? あんまり好きじゃない(苦笑)。でもね、日田はたけのこがおいしくて、それでおすし作ります」
 
近年注目の、体内でつくることができない必須脂肪酸オメガ3や、酵素も取り入れている。人から「いい」と言われたものを取り入れる素直さが、美しさと周りの人に愛される秘訣だといえそうだ。
 
食生活だけでなく、日々の暮らしも充実している。朝、起きるとまずヘアメーク、スキンケアは欠かさない。
 
「洗顔して、化粧水、乳液などで肌を整えて、それからファンデーション、そして眉、口紅、チークね。口紅はペンシルで描いています。その後、娘と一緒に仏様に手を合わせてお参りします」
 
肌の手入れに、日焼け止めとしわ対策クリームが必須というのも美肌の理由だ。これは今年発売され、女性誌各誌で上半期ベストコスメとなった、話題のしわ改善の「リンクルショット メディカル セラム」のことだそう。
 
去年、ご主人の十三回忌を迎えた。来月92歳を迎える秋吉さんの今後の目標を聞くと。
 
「100歳までと言う人もいますけどそこまでは難しいと思うから……亡くなるときは痛くないのがいいわね(苦笑)。仕事は、2年後の60年目までは働いていたいです。それができるのも、みんなが仲よくしてくれるおかげです」