役割の開示が進めば透明性の向上につながるが…(画像はイメージです)

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東京証券取引所が、上場企業に対して「相談役」「顧問」の役割を開示する制度を新設した。具体的には、2018年から東証に提出する報告書で相談役・顧問の氏名や業務内容、報酬の有無などの開示を促す。会長や社長が退任後に相談役などとの肩書で残って「院政」を敷くケースもあり、企業統治の透明性の点で疑問視されていた。開示が進めば株主らへの説明責任が強化されることになる。

政府が17年6月にまとめた成長戦略「未来投資戦略2017」で、「価値の最大化を後押しする仕組み」という大きな柱の中の「『稼ぐ力』の強化」と題した項目に、相談役・顧問の透明性向上が盛り込まれた。この中で、「企業経営に不透明な影響を及ぼしている場合があり、適正なガバナンス機能を阻害しているのではないかとの懸念が存在する」と指摘。夏をめどに、開示拡充の制度を設けるよう東証に指示していた。つまり、アベノミクス第3の矢である成長戦略の中に位置付けられているということだ。

記載欄を新設し、東証や企業のホームページで公開

俗にいう「成長戦略」は、2016年までは正式名「日本再興戦略」だったが、策定する会議が2016年秋、それまでの産業競争力会議に未来投資に向けた官民対話を統合した「未来投資会議」(議長・安倍晋三首相)に衣替えされ、まとめる文書の名称も2017年から「未来投資戦略」になった。次々に目新しいネーミングで「やってる感」を演出する安倍政権の手法の一つと言える。

今回、相談役などについて未来投資会議の議論で念頭にあったのは、歴代トップが相談役などとして経営に影響力を行使していた東芝の会計不祥事。トップ経験者が社内に残っていると、どうしても過去に縛られ、大きな方針転換、経営戦略の大胆な転換などが実行しにくいといわれる悪しき現状の打破を狙ったものだ。

東証が新設した制度では、全上場企業が提出を義務付けられている「コーポレート・ガバナンス(企業統治)に関する報告書」に相談役・顧問の記載欄を新設し、東証や企業のホームページで公開することになる。項目は氏名や業務内容に加え、常勤・非常勤といった勤務形態、報酬など幅広い。報酬については、その有無を明らかにしたうえで、総額や個人別の支給額を記述できるようにする。

開示対象は「経営トップの経験者」に限定

ただ、記載するか否かは企業の判断に任される。そもそも開示対象は社長や最高経営責任者(CEO)ら経営トップの経験者に限定し、副社長や子会社トップらは対象外。また、開示しなくても罰則などはない。もちろん、企業は投資家(株主)らから、なぜ開示しないかの説明を求められることになり、企業の対応が注目されるところだ。

現状はどうか。経済産業省が3月にまとめた上場企業調査(874社が回答)によると、約6割の企業に相談役や顧問がおり、報酬を払うのは約8割。秘書や個室、社用車を用意する場合もある。役割については、「現経営陣への指示・指導」(36%)が最も多く、「業界団体や財界活動」(35%)、「顧客との取引関係の維持・拡大」(27%)が続く。経験や人脈を生かして、多忙な社長や会長に代わって財界活動や取引先との関係構築をする役割が期待されているという説明だ。経団連の榊原定征会長は東レの相談役最高顧問、日本商工会議所の三村明夫会頭は新日鉄住金の相談役名誉会長を務めているのが代表例だ。

相談役・顧問の問題は、すでに2017年の株主総会で株主と経営陣の「前哨戦」も繰り広げられた。武田薬品工業の株主総会では、「ガバナンス改革に逆行している」として株主15人が相談役や顧問などの廃止を提案。14年間社長、会長を務めた長谷川閑史氏の相談役就任の方針が示されていたことに対応したものだったが、会社側は長谷川氏の役割は限定的であり、年間報酬額を現行から9割近く減らし、秘書や社用車を付けないなどと説明し、株主提案は否決された。北陸電力や四国銀行でも、同様の株主提案が出され、いずれも否決された。

一方、会社側が先手を打つ例もある。Jフロントリテイリングや阪急阪神ホールディングスの総会では、相談役ポストを廃止する定款変更の議案を会社側が提案し、可決された。さすがに、不正会計で揺れる東芝は2016年6月に、一足早く相談役の廃止を決定済みだ。

他社の社外取締役として活躍

ただ、相談役・顧問が単純に廃止に向かうとの見方は少ない。終身雇用を前提とした日本的経営では、相談役・顧問が、組織で上り詰めた最後の地点で、社長などとしての経営責任からは解放され、比較的自由に動ける立場は居心地がいいらしい。現在の経営トップにすれば、自分を引き上げてくれた元親分のポストをなくすことをためらうという事情もある。

一方、相談役・顧問制度は海外にはない日本独特の制度であることから、外国人投資家には不透明に映る。いずれにせよ、新設された制度に基づく開示をするか否かを含め、企業が丁寧な説明を求められるのは間違いないところだ。

実は、「未来投資戦略2017」には次のような事例がわざわざ記されている。

「他社で社長や会長を務めた人物を社外取締役としてスカウトしたことで、当社の取締役会の経営機能・監督機能は飛躍的に高まった。その結果、新たな経営戦略上はノンコア事業と位置付けられながら、先々代の実力社長の出身部門であったために売却できなかった事業の売却を決断できた。他方で、コア事業を充実すべく他社のヘルスケア事業を買収できた」

ある企業統治の専門家は「社長、会長の経験者が他社の社外取締役として活躍するといった例も、今後は増えるのではないか。それが結果として、相談役・顧問に代わるトップ経験者の『再就職先』の確保にもなる。また、そうした流れが強まれば、会社や業界の枠を超えて活躍する『プロ経営者』が育つ土壌になるかもしれない」と話している。