知り合いや尊敬する人がガンなどの恐ろしい病気だと知ったとき、多くの人がやりがちなことは、その人のことを病魔に打ち勝つ勇敢な戦士に見立てることです。しかし本人としては、昨日までほかの誰かと同じような人生をおくってきたのに、いきなり英雄や戦士に祭り上げられても違和感を覚えるかもしれません。

アメリカの政治家であるJohn McCain上院議員が悪性脳腫瘍を患っていることが公表されると、米政界の重鎮たちから次々と励ましのメッセージが寄せられました。しかし、どれも一様に歩兵隊への激励さながらの言葉でした。Barack Obama前大統領は、「John McCainはアメリカの英雄で、私の知る最も勇敢なファイターの1人です。ガンは、誰を相手にしているのかわかっていないようです。打ち負かしてやれ、John」とツイートしました。Donald Trump大統領はホワイトハウスの声明で「John McCain上院議員は、これまで常にファイターであり続けた人だ」と述べています。Mike Pence副大統領は「ガンは攻撃する相手を間違えましたね。John McCainはファイターだからこの戦いにもきっと勝つ」と言い、Gabrielle Giffords元下院議員(2011年のツーソン銃撃事件で頭部を撃たれるも、奇跡的に回復。John McCain上院議員と同じアリゾナ州選出)は「タフなあなたなら、打ち勝つことができる! ファイト、ファイト、ファイト!」と激励の言葉を贈りました。

この「Johnよ、皆で応援しているから頑張れ」という声援の嵐は、政党の垣根を超えた連帯感をかもし出し好感を呼びました。しかし、一部のガン患者やその家族は、病気を闘いに見立てるのは「よくない、間違っている」と感じているようなのです。The Independent に寄稿したAnthony Wilson氏は、ガンを「闘い」にたとえることに異議を唱えています。このような言葉づかいは、回復が患者の頑張り次第であり「闘った」人だけが生き延びるという神話を助長するという考えです。つまり、亡くなった場合、その人が負けたことにならないだろうか? ということです。

また、本人にはコントロールできない身体的負担を抱えている患者に「闘え」と言うことで、さらなる心理的負担を負わせるとも指摘しています。「1日がかりで化学療法の点滴を受けた日は、自分の意思で闘ったというより闘いを強いられた気分なのです」とWilson氏は自身のブログで語っています。

脚本家のJosh Friedman氏も、自らのガン体験をTime誌にこうつづっています。「強さや勇気というのは、文化産業になくてはならないテーマです。しかし、ガンを克服する手段ではありません。がん克服に必要なのは、運、科学、早期発見、充実した健康保険です」

「私たちは、末期がんの診断や他の重病を語る際の言葉づかいを変える必要がありますが、それについて語ること自体は正しい」と言うのは、辛い状況に立たされた人とのコミュニケーションを啓発する団体Help Each Other Outの創設者で、共感博士の Kelsey Crowe氏です。以下、博士の共著書『There Is No Good Card For This: What To Say And Do When Life Is Scary, Awful, And Unfair To People You Love(直訳:うまい言い方などない。愛する人が苦境に立たされたときに何を言い、何をすべきか)』より、なんと言えばよいのかわからないときに役立ちそうな言葉を紹介します。

「このようなことになって、無念です/胸が痛みます」

ただ「無念です/胸が痛みます」と言うより「このようなことになって」と添えたほうが良心的だとCrowe博士は言います。「“このようなことになって”と言わないと、あなたそのものが気の毒と言っているようにも聞こえ、上から目線の同情にとられかねません。しかし、何が無念なのかをピンポイントで伝えれば、相手の気持ちがわかったような一方的な同情にならず、その人がかわいそうな存在と言っていることにもなりません」

最悪の状況に立たされている当事者は、自分が、まるで伝染病でも患っているかのように皆に避けられていると思っている場合があります。そんなとき、ある悲劇が起きたことが無念だと言えば、その人の存在イコール悲劇とは思っていないことが伝わり、自分の人格自体はあくまで健在であることが実感できるでしょう。そして「ありがとう。ほんとに最悪でね……」と話を続ける気になるかもしれません。

「今日の具合は?」

Crowe博士と共著者のEmily McDowell 氏が指摘するには、正しい言葉をかけなければならないという前提で考えている人が多いが、本当は聞いてあげることが大事なのだそうです。

「病気のことを聞きました。たいへんそうですね。今日の具合はどうですか?」と尋ね、辛いのかどうかはその人に話させましょうと言っています。

「ファイター」でありたい人もいる

「闘う」という言葉を快く思わない人が多い一方、好きな人も多いとCrowe博士は言います。それを判断するには、本人が使う言葉に耳を傾けることです。

なかには、自らを奮い立たせるスピリットというか、自分を奮い立たせる何かを求める人もいます。そういう人には、闘いの比喩も有効です。暴力を嫌う平和主義者のクエーカー教徒の大学でさえ、スポーツ試合の時は「闘え、闘え、内なる光! やっつけろ、クエーカー、やっつけろ!」という応援歌を歌って心を1つにしています。「闘う」という言葉も、本人が使っているようなら今日1日を乗り切るための声援としてアリだと思うのです。

また、本人としょっちゅう話をする間柄であれば、病気に関する言葉づかいについて、直接話し合うのもいいと言います。「どんな文脈で語りたいかを聞くのは難しいことではありません。『病気と闘うという言い方を好まない人がいるようだけど、あなたはどんな言葉を使ってほしい?』と聞いてみればいいのです」

What to Say Instead of "You're a Fighter" When Someone Is Very Sick | Lifehacker US

Image: Nattakorn_Maneerat/Shutterstock.com

Source: Twitter(1, 2, 3), The White House, The Independent, Anthony Willson, Time, Amazon,