ウサイン・ボルト【写真:Getty Images】

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1年前の16年8月18日、リオ五輪の200m決勝で“トリプル・ダブル”を達成

 人類最速男と呼ばれたウサイン・ボルト(ジャマイカ)は、陸上の世界選手権・男子400メートルリレーのレース中に左太もも裏の痙攣を起こし、ラストランは途中棄権という悲劇の結末となった。しかし、これまで残してきた数々の功績は決して色褪せない。オリンピック公式サイトも昨年のリオ五輪から1年を経たタイミングで、ボルトの“トリプル・ダブル”達成を紹介している。

 記事が配信された2017年8月18日の1年前にあたる2016年8月18日は、陸上男子の200メートル決勝が行われた日だった。特集では、各競技のエポックメーキングな出来事を羅列しているが、ヘッドラインとして扱われているのはボルトの3連覇を目指した戦いだった。ボルトはこの時点ですでに100メートル走で2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪に次ぐ3大会連続金メダル獲得を決めており、200メートルでも3連覇が期待されていた。

 ボルトは、アンドレ・デグラッセ(カナダ)やクリストフ・ルメートル(フランス)ら実力者が集う中で、19秒78をマークして優勝。記事では、100メートルと200メートルでの3大会連続金メダルを“トリプル・ダブル”と表現するとともに、「スプリント界のレジェンドとしての地位をさらに強固なものとした」と評価している。

 その一方で、試合後のボルトのコメントからは年齢による衰えを意識していたコメントがあったことも紹介されている。

五輪公式サイトも言及「フィニッシュラインに近づくほど苦しげな表情だった」

「俺は年を取っていくし、老化もしていく。個人的には今大会が俺にとって最後の200メートルだと思うが、コーチはまだやろうというかもしれないけどね。直線に入っても体が反応せず、その時は幸せじゃなかったよ」

 実際、同サイトも「ボルトにしては珍しく、最後まで全力を尽くさなければならなかったし、フィニッシュラインに近づくほど苦しげな表情を浮かべていた」とも記している。

「俺はグレイテストのうちの1人になりたい…、モハメド・アリとペレの間くらいのね」とボクシング界とサッカー界のレジェンドを引き合いに出して語ったボルトだが、1年前からすでにキャリアの幕の引き方を念頭に置いていたのかもしれない。