東京に生きる、結婚しない女性のストーリー。今回の主人公は、マネージメント会社で働く、原田浩子(35歳)。

「原田さ〜ん、お疲れ様でした!」

恵比寿駅前、深夜0時、2人の男女を乗せたタクシーのドアが目の前で閉まり、駒沢通りを代官山方面に向けて走り去っていった。呆然としている浩子を置いて、テールランプはあっという間に消えていった。

浩子は直前まで心の中にあった、恋の弾むような気持が握り潰されたような気持ちになった。世の中の“女の子”にマウントでタコ殴りにされている気分になり、全身を悲しみと痛みが満たす前に、iPhoneを取り出しLINEを立ち上げる。

高校の同級生の愛子に“また失恋した”とメッセージを送ると、即座に既読がつき、“またか。いまどこ?”、“恵比寿”、“今行く”と返事が来た。女友達の関係に慣れてしまうと、男と交際することは、物足りなさと不安を抱えるだけに終わることに、浩子は気が付いていなかった。

ネイリストとして社会的に成功している愛子が、浩子が待つバーに到着したのは、深夜0時30分だった。広尾のレジデンスマンションに住む愛子は、海外ブランドの赤いジャージだけで店に現れた。手には何も持っていない。ポケットのiPhoneだけですべての支払いができてしまうからだ。努力して成功した金持ち特有の華やかで緊張感ある雰囲気に、店内が引き締まったのを感じ、浩子は嫉妬や怒りやさみしさの暴風雨が静まり、心の平穏を取り戻していった。

「愛子、またやられたよ。今日は海外アーティストのアテンドがあってさ、ホテルに送った後、二次会になったんだよね。やっと好きな男とサシで飲めると思ったら、アシスタントがくっついてきて、いちゃつきはじめて、タクシーで消えてった。なんで私はいつもゆるふわ系の女に、好きな男を持って行かれるかね」

「あんたが1年間も片思いしていたバツイチの先輩を持って行ったのは、どんな子なのよ」と愛子は問いかけた。

「25歳、独身、甲高い声、セミロングの内巻きヘア、カラーコンタクト、とろみ素材のピンクのブラウス、細い二の腕、大きな胸、リボン付きパンプスって感じのよくいる感じの“あの女”」と、ジンライムのグラスを片手に持ち、うんざりしながら浩子は笑った。

「いかにもだね。ウチのお客さんにもいる。ピンクやベージュ系の無難なネイルオーダーするタイプ。“サシで飲む”じゃなくて“2人っきりで飲む”って言う子ね」と愛子が目元に小じわを浮かべながら笑う。目尻をキュッと上げるアイラインは、外国人の夫を持つ日本人女性に多いと浩子はいつも思う。愛子は5年前に結婚した時に、消えないアートメイクでこのアイラインを入れている。浩子は男の好みに合わせて自分を変えることはできない。それを見透かしたように、

「あのね、男は自分にわかりやすくすり寄って来る女にしか好きにならず、自分が見下せる女にしか性的興奮を覚えないって知ってる?」と愛子は言い切った。

美人なのに恋愛経験がない。その理由は親の呪いだった……

浩子は35歳の今まで、“男勝り”な女として生きてきた。背が高く、運動神経が良く、頭の回転が早い。勉強が好きだったこともあり、常に周囲から一目を置かれていた。両親は体が弱い弟と比べ「浩子が男の子だったらよかったのにね」と繰り返し、そんな自分を誇りに思っていた。

誰かに甘えたり、頼ったりせず、目標を達成し、難関大学から大手企業に就職。1年前に外資系のマネージメント会社にヘッドハンティングされた。年収は1000万円を超え、周囲から称賛された。そのたびに若さや美貌を頼りにし、男に甘える女たちを見下した。そんな浩子に対し、男たちは劣等感を覚えたのか、友人の一線を踏み越えなかった。クローゼットには、プラダやジル・サンダーのスタイリッシュな服が並び、モデルのような着こなしをするための体型維持に、ジム通いを欠かさなかった。

しかし、35歳になり、一度も恋愛したことがないという現実に向き合うと、自分に染みついた“優秀”とされる人間ならではの傲慢さを持て余すようになった。

かつて、お見合いパーティーに行ったことがあるのだが、男に媚びるための擬態をしている女にうんざりし、かしずく女性たちに尊大な態度を取っている矮小な男達に驚いた。化粧とアルコールとオードブルの化学調味料の臭いがむせ返る場所に、白のマニッシュなシャツワンピースを着て、張り付いたような笑顔を浮かべている場違いな自分が悲しくなり途中退席した。

「あのさ、結婚や恋愛をしたいなら、ツンデレのデレの部分を出さなくちゃだめだよ。1人で生きていくならいいけどさ。浩子のデレの部分は深海に沈んでいるから。そこをわざわざ引っ張り上げようとする男なんていないよ。めんどくさいもん」と愛子はあきらめたように語った。

「今さらできないよ。35年もこんな姿で頑張ってきて、今の自分が好きだもの。でも結婚もしたいし恋愛もしたい。なんかもう見えるんだよね。50歳くらいになって、猫とマンションを買って、愛子の子供をかわいがっている自分の姿が……そうならないために助けてよ」と酔いに任せて浩子は泣き出した。

「わかった。絶対に何とかするから」と深夜2時に、それぞれの家に帰って行った。

浩子が愛用するのは、ハイブランドのビッグフェイスのメンズ時計。「彼と共用?」と聞かれるも、35年間恋人がいたことはない。

35年間、恋人がいたことがない浩子に、恋のチャンスは来るのか?片思いしていた先輩と後輩との関係は……〜その2〜に続きます。