「オフィスを守る警備ロボット「コバルト」の一晩に密着──その働きぶりからわかったこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

大手レヴューサイト「Yelp」(イェルプ)のオフィスに、新しいセキュリティーチームのメンバーがやってきた。午後8時を少し過ぎたころに目覚めて、見回りを始める準備は万端だ。ロビーを通り、磨きのかかったコンクリートの上を滑らかに動き、角の少し奥まったところに向かい、非常用出口を点検する。

昨年、強盗がドアの枠組みもろともズタズタにし、Yelpのオフィスに侵入しようとした。ロビーに設置された低解像度カメラには何も映っていなかった。「奥まった小部屋のなかで何が起きたのか、カメラで見ることはできませんでした」と、Yelpのセキュリティー責任者であるリック・リーは語る。

彼はサンフランシスコにある同社のオフィスを、夜中に案内してくれた。「そのとき、強盗がドアの枠組みをねじ曲げたところから、陽の光と冷たい空気が入り込んでいました。高解像度カメラならその光を検知できたでしょう。指向性マイクなら物音に反応したでしょう。前方監視型の赤外線センサーなら、温度差に警告を鳴らしたでしょう」と、リーは言う。

「自分の意思で動く」警備ロボット

リーはUber、アップル、グーグル、アマゾンといったシリコンヴァレー企業のセキュリティーを、10年以上にわたって監督してきた。「コバルトにはその3つの機能すべてが備わっているのです」と、奥まった小部屋から方向転換し、パトロールを続ける“新規採用者”を指差して言った。「自分の意思で動くこともできるんです」

コバルトは警備用の自律型ロボットである。ごちゃごちゃはしていないがアパートよりは整っていて、倉庫やサーバールームよりは動きのあるショッピングモールや、美術館、オフィス等のような“予測のつかない場所”向けに開発された。

医療用自律型ロボットの「タグ」は、病院の患者に食事や薬を届ける。「タリー」と「ボサノヴァ」は、食品店の棚を監督する。そして、日本の長崎県にある「変なホテル」という不思議な宿泊施設で働くアシスタントは、全員がロボットである。

専門家は、商業用ロボットが近い将来、世界中の入れ替わりの激しいブルーカラーの職の多くを、人に取って代わってやるようになるだろうという点で意見が一致している。はっきりしないのは、ロボットの見た目や動き、そしてわたしたち人間が、わたしたちの後任のロボットの世話役としてどのような役割を果たすべきかという点だ。

60を超えるセンサーとコンピューター部品

コバルトは、パロアルトにある同名のスタートアップ企業によって開発され、上に挙げたふたつの点でほかのロボットと異なる。このロボット警備員は高さ5フィート1インチ(約1.55m)で、青く巨大な卵型の胴体をもっている。その形状はバドミントンラケットのようで、アイボリー色の頭部に向かって先が細くなっている。

胴体と頭部のあいだにはロボット本体と、人工知能(AI)と機械学習、そしてヒト、場所、温度差を認識するコンピューターヴィジョンアルゴリズムを機能させるのに必要な、60を超えるセンサーとコンピューター部品が、テトリスのように組み合わさっている。「このロボットには自律走行車と同等のものが装備されています」と、コバルトロボティクスのCEOトラヴィス・デイルは語る。

そしてこの点が重要なのだが、ハードウェアはほとんどわれわれの目に触れることはない。柔らかいメッシュ状のコバルトブルーの布がロボットを覆い、すべてを隠しているのだ。

コバルトは有能だが、人型ロボットに見えないように、威厳はあるが威圧感を与えないようにデザインされた。サムスンの華麗な新型テレビ「フレーム」や、ジューセロのジューサーのデザインを手がけた大物インダストリアルデザイナー、イヴ・べアールとのコラボレーションなのである。

リーは、コバルトはハーマンミラーの家具を思い起こさせるという。「クラシックで控えめで」と、Yelpの17,000平方フィートのオフィスを進んでいくコバルトを見ながら彼は言う。「目にはとまるけれど、空間を支配してしまうことはありません」。だが、どちらかといえば、ファッショナブルな三角コーンに見える。

テレプレゼンス機能がロボットを“助ける”

いずれにしても、その感じのいい雰囲気は、コバルトを他の商業用ロボット、特に現在セキュリティー用ロボット開発の先頭をいく別のシリコンヴァレースタートアップ企業のナイトスコープのロボットと差別化するふたつの重要な点のひとつだ。

ナイトスコープの主力ロボット「K5」は、2015年以降、ショッピングモール、オフィス、学校をパトロールしているが、噴水に顔を突っ込んでいるとき以外は、かなり威圧的に見える。攻撃的とさえも言える、DalekとBullet Billを足して2で割ったようだ。要するに、ナイトスコープのロボットは雇われた筋肉の塊のようであるのに対して、コバルト社のロボットは道順を聞きたくなるような雰囲気なのだ。

コバルトの優れたもうひとつの点は、そのテレプレゼンス機能だ。コバルトが人を感知すると、障害物をよけ、その場で異変を警告し、自律的にパトロールを行う。しかし、異常に気づいた場合には、離れたところにいる遠隔オペレーターに警告を送る。

その後は人間のパートナーに「これは人間か」といった質問をして、コンピューターヴィジョンアルゴリズムを改善させたり、炭素でできた生命体、つまり人間に動きをコントロールしてもらい、前面についたタッチスクリーンにその顔を表示させることができる。

午後8時過ぎ、パトロール開始

パトロールの半ばとなった午後8時30分ごろに、まさにそのような事態が発生した。コバルトが、オフィスの奥の方に座り、静かにコンピューター画面を見つめる女性を発見したのだ。コバルトは、約35マイル離れたパロアルトにあるコバルト社でロボットを監督していた主任パイロット、シャイロー・ノードルビーに警告を送った。

約40フィートほど離れたところで、ノードルビーがロボットをコントロールするのを見ていた。するとノードルビーはコバルトを女性のほうにゆっくりと進めていき、女性の数フィート右側、視界の少し外にコバルトを止めた。

「どうも」と、ノードルビーは声をかける。反応はない。聞こえなかったのかもしれない。

「どうも」もう一度、今度は大きな声で話しかける。

「あら、どうも。調子はどう?」と、椅子に腰掛けたまま素早く向き直って、女性が答える。「いいよ、ありがとう。わたしは、コバルトロボティックスのシャイローです。スクリーンにIDを見せてもらえますか」

「もちろん!」

ノードルビーがロボットを女性の手の届くところまで進めると、女性は従業員IDを手に取り、スクリーンのところまで持ち上げるが、そこで手を止める。どこにIDをかざしたらいいのかわからないようだ。

「あ、スクリーンのすぐ下に置いてください」と、ノードルビーは伝える。

「わかったわ。ここ? あらまあ、すごい!」と、スクリーンが問題なしの結果を出すのを見て、彼女は言った。

「ありがとうございます。さようなら」とノードルビーは言った。「どうも、あなたも」

「ありがとう」とリーが女性に向かって叫び、我々の存在に女性の注意を引く。「どういたしまして。すごかったわ」と女性は言う。

リーは、コバルトのID認証のやりとりは、事前に仕組まれたものでは決してないと言う。実際、コバルトがYelpのオフィスを監視している4カ月のうちで、彼も実際に見たのは初めてだった。リーは予告なしに現れてロボットのパトロールに加わることも時々はあるが、基本的にはコバルトの用意する毎週の「事件報告書」によってその働きを把握している。報告書には1週間の間に感知・認証された人の数、コバルトのスケジュールとパトロールルート、重大な事件の詳細な報告等が含まれている。

例えば最近、「電子レンジ泥棒2人組」をコバルトが報告することがあった。タイムスタンプやビデオの静止画像、書き起こされた会話によって、オフィスから電子レンジを運び出そうとしているYelpの従業員2人組を監視したことをコバルトはリーに報告したのだ。リーはコバルトが写した事件のビデオの静止画像を見せてくれた。2人組はたしかに怪しげだが、電子レンジで何かを焦がし、外気にさらそうとしているだけだった。

それでもリーはコバルトに非常に満足していると言う。「センサーが満載で、カスタマーサービスの補助もするテレプレゼンス、独創的な問題解決能力、人々が日々当たり前に取り組むあらゆる事態に対処する力をあわせもつ、超有能なロボットがほしかったんです」と彼は語る。「いまのところ、わたしが思い描いていた通りに機能してくれています。自律的に動き、そして従業員も何度かコバルトと接触すれば、ほとんど気に留めなくなるでしょう」

人間に助けを呼ぶ「共生」ロボット

フレンドリーな、さりげないやりとり。このような人間同士のやりとりは、あなたが思う以上に大変なことなのだ。とくに現在のロボットにとってはなおさらかもしれない。「20年後には、ロボットが身の回りにいることがすごく当たり前になり、そこにいるかどうかも気にしなくなるほどになるでしょう」と、カーネギーメロン大学の機械学習学部を統括するロボット研究者のマヌエラ・ヴェローゾは述べる。しかしまず、機械は人類の信頼を勝ち取らなければいけない、と彼女は言う。

その方法のひとつは、ヴェローゾが「共生的自律」と呼ぶ、ロボットが自分の限界を認識して人間に助けを求める関係だ。例えばエレベーターに乗っている状況で、周りの人間に助けを求めることの出来る「半自律的なロボット」を言い表すために、ヴェローゾはその言葉をつくった。コバルトも、自分で認識できない人間や物を識別してもらうのに遠隔オペレーターに助けを求めたり、近くにいる人にドアの開け閉めを助けてもらうといったような動きをする。

共生的自律は、人間がロボットに何かをするように求める「ヒューマンインザループ」(人間が一部を担う)とはコンセプトは異なる。コバルトは両方のテクニックをあわせて使い、強力な効果を得ている。では、コバルト、ノードルビー、残業中の従業員のやりとりはどうだったろう。それは素晴らしいものだった。コバルトをコントロールするだけでなく、ロボットに代わって従業員の戸惑いに対処したノードルビーの力量は、全体のやりとりを心地よい、人間的なものにしていた。

それは皮肉なことでもある。コバルトは数人の遠隔オペレーターを除いて、人間の警備員をなくすことを目的としてつくられたからだ。デイルは、同社のサービスがいくらなのかを明らかにしようとはしないが、Yelpは人間の警備員にかかるであろう人件費のほんの一部しか払っていないと言う。費用は、30,000ドル(防犯カメラ満載のオフィスを監視する年間費用)から、300,000ドル(生身の人間の警備部隊にかかる年間費用)のあいだだと彼は述べた。

遠隔オペレーターが現実的に何台のロボットを監督できるのかも、はっきりとはしていない。「別の部隊のあいだを行き来しているときに、それぞれのロボットの周りで何が起きているのかを、すぐに把握するのがいま一番大変です」と、ノードルビーは言う。

コバルトロボティクスは、一晩に何台のロボットをノードルビーが管理するかを明かそうとはしないが、監督者がロボットをより自律的になるように訓練していくことで、監督者の人数に対するロボットの比率は、時間とともに増加していくと推測することは妥当だろう。

信頼を得られるのは「これから」

しかし、少し先走ってしまったようだ。コバルトは働き始めてまだ間もなく、これからさまざまな状況でその有用性を証明していかなければならない。ヴェローゾは、人の多い予想のつきにくい環境での動きを見てみたいと言う。

なお、現状ではコバルトは、人出が最小限の夜にだけパトロールを行なっている。だが、コバルト社のプロモーションヴィデオは、人でにぎわう自然光に照らされたオフィスをコバルトがスイスイと進んでいく様子を映している。

「疑い深いだけで、信じていないわけではありません」と、彼女は言う。「コバルト社のロボットが1,000キロ以上衝突しないで走るところ見せてみて。話はそれからよ」

デイルは、コバルト社はその課題に取り組んでいると述べる。そしてあのプロモーションヴィデオについて問うと「たしかに現在の性能を表しています」と彼は述べた。顧客が望むなら、同社のロボットは6カ月から12カ月以内に、日中の業務を行うことができるようになると加えた。

実際に目にしたら信じることにしよう。しかしいまのところ、ずいぶんと楽観的である。訪問中に3カ所でコバルトの行く先に突然足を踏み入れてみたが、毎回ほとんど騒ぐことなくわたしをかわした。少なくともこの小さいけれど重要な任務において、コバルトはわたしの信頼を勝ち取ることに成功した。

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