ヘタフェで活躍した名手は数多くいる【写真:Getty Images】

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トルコで再起を図るベテランストライカー

 柴崎岳が加入したヘタフェは、これまで数々の名選手がステップアップのきっかけにしてきたクラブである。スペイン国内で高い評価を獲得した者、国外で成功を掴んだ者、数々の栄光を手にしてきた者…様々な選手たちが実はヘタフェ出身だった。柴崎は彼らに続き、さらに高いレベルに到達することはできるだろうか。(文:編集部)

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ロベルト・ソルダード

ヘタフェ在籍期間:2008年〜2010年
現所属クラブ:フェネルバフチェ

 レアル・マドリーの下部組織出身のロベルト・ソルダードは、ファビオ・カペッロ監督が率いていた2006年にトップチーム昇格を果たした。しかし選手層の厚いマドリーでは出場機会を得られる見込みがなかったため、すぐにオサスナへレンタル移籍した。

 1年の武者修行を経て2007/08シーズンはマドリーに復帰し、9番を背負ったソルダードだったが、厚い選手層と負傷によってほとんど試合に絡めず。2008/09シーズンに完全移籍でヘタフェに加入し4年契約を結んだ。

 2年間在籍したヘタフェでは2シーズン連続でキャリアハイのゴールを記録し、2009/10シーズンにEL出場権獲得に貢献した。その実績が認められてバレンシアへ移籍し、トッテナムと続く飛躍へのきっかけをつかんだ。

 ただ、最近は負傷もあってコンスタントな活躍を見せられておらず、昨季限りで3年間在籍したビジャレアルを退団。今季からトルコの名門フェネルバフチェへと移籍し再起を図る。

エイバル攻撃陣の絶対的支柱

ペドロ・レオン

ヘタフェ在籍期間:2009年〜2010年、2011年〜2016年
現所属クラブ:エイバル

 レアル・ムルシアの下部組織で育ち、同クラブのトップチームからレバンテ、バジャドリーを経て2009年にヘタフェ移籍を果たす。そこでの活躍が認められて2010年夏にレアル・マドリーへとステップアップした。

 しかし、6年契約を結んだマドリーではアンヘル・ディ・マリアとのポジション争いに敗れてほとんど試合に絡めなかった。リーグ戦は6試合138分のみのプレーで、すべての公式戦を合わせてもわずか13試合の出場にとどまり、プレー時間は500分ほど。1年で古巣ヘタフェへと放出された。

 再加入からの5年間は安定したプレーを披露し、ヘタフェの中心選手として活躍した。そして2016年夏に乾貴士が所属するエイバルへと移籍し、右サイドの攻撃の核として存在感を放っている。マドリーでの挑戦は失敗に終わったが、ペドロ・レオンはヘタフェで飛躍のきっかけをつかんだだけでなく、改めて自身の価値を証明し居場所を勝ち取った選手と言えるだろう。

元リーガ得点王にしてEURO優勝メンバーの1人

ダニエル・グイサ

ヘタフェ在籍期間:2005年〜2007年、2011年〜2013年
現所属クラブ:サンルケーニョ

 地元ヘレスの下部組織で育ち、1998年にトップチームデビューを果たす。その後ドン・ルケーニョへのレンタル移籍を経てマジョルカ、レクレアティーボ、シウダード・ムルシア、バルセロナBと渡り歩いた末、2005年にヘタフェへとたどり着いた。

 1年目のシーズンは9得点、2年目は11得点と初めてリーガ1部で実績を残し、2007年にマジョルカへと引き抜かれる。ここで得点力が本格開花して2007/08シーズンに27得点を挙げてリーグ得点王を獲得。スペイン代表としてEURO制覇にも貢献した。

 しかし、そこからのキャリアは下降線をたどっている。EURO直後にトルコのフェネルバフチェへ移籍して3シーズンを過ごすも目立った実績は残せず。2011年に4年ぶりのヘタフェ復帰を果たしたが、ここでも往年の輝きを取り戻すことはできなかった。

 その後はマレーシアやパラグアイでのプレーを経て、2015年に地元のカディスへ復帰。古巣の2部昇格に貢献し、今季からスペイン・テルセーラ・ディビシオン(4部相当)のアトレティコ・サンルケーニョに活躍の場を移している。

原因不明の病で早期引退。不遇の天才司令塔

ルベン・デ・ラ・レッド

ヘタフェ在籍期間:2007年〜2008年
現所属クラブ:なし(2010年に現役引退)

 レアル・マドリーの下部組織で育ったルベン・デ・ラ・レッドは、2006年にトップチーム昇格を果たす。しかし、銀河系軍団と言われていた時代から在籍する選手たちや、新たに加入した実力派MFたちの壁は厚く、1年目となった2006/07シーズンはリーグ戦7試合の出場に終わった。

 そして2007年夏、買い戻しオプション付きの契約でヘタフェに完全移籍する。そこでミカエル・ラウドルップ監督の信頼を掴むと、シーズン終了後にはスペイン代表の一員としてEUROに参戦して欧州制覇も経験。デ・ラ・レッドのキャリアは順風満帆かに思われた。

 2008/09シーズンは前年のクラブと代表での活躍が評価され、再び完全移籍でマドリーに復帰する。しかし、2008年10月30日に行われたコパ・デル・レイのレアル・ウニオン戦の前半13分、で・ラ・レッドは突如意識を失ってピッチに倒れた。

 その後、心臓疾患の疑いがあるとして戦列を離れ、長期間にわたって様々な検査や分析を受けたものの、いまだに医学的な原因がつかめないままとなっている。2009年に一度現役復帰の可能性が伝えられたものの、2010年に正式に現役引退を表明した。

 同時に指導者転身を発表したデ・ラ・レッドは、古巣マドリーの下部組織やヘタフェのBチームなどを指揮した。最近は時折マドリーのOBとして親善試合に出場することもあり、心臓疾患が疑われながらもピッチ上で元気な姿を見せている。

抜群の安定感で出番に備える控えGKの鑑

ミゲル・アンヘル・モヤ

ヘタフェ在籍期間:2011年〜2014年
現所属クラブ:アトレティコ・マドリー

 マジョルカ出身のミゲル・アンヘル・モヤは、プロデビューからの5年間で99試合に出場した。とはいえ常にレギュラーだったわけではなく、2009年にバレンシアへの移籍を決断する。

 それ以前からモヤに関心を示していたバレンシアは、当時同クラブとしてGKに支払った最高額である500万ユーロ(約6億円)の移籍金をマジョルカに支払ったと言われている。

 だが、バレンシアでの2シーズンは試練の連続だった。2009/10シーズン開幕戦は正守護神として迎えたものの、安定感を欠いてセサル・サンチェスにポジションを奪われた。2010/11シーズンになるとPKストップの名手ジエゴ・アウヴェスが加入し、ビセンテ・グアイタの成長もあって、モヤはまさかの第4GKに。結局2年間でリーグ戦12試合の出場にとどまった。

 2011/12シーズン、ヘタフェへの期限付き移籍で風向きが大きく変わる。1年目から正守護神に抜擢され、3年間で94試合に出場。2014年にアトレティコ・マドリーへステップアップするチャンスをつかんだ。

 アトレティコでは控えGKとしてベンチに座ることが多いものの、正守護神ヤン・オブラクに代わって出場すると、安定したパフォーマンスを披露し、その不在を感じさせないほどの存在感を発揮する。ベテランになって安定感が増し、常に準備を怠らず第2GKとして理想の姿を示し続けている。

イタリアで円熟味を増す長身DF

ラウール・アルビオル

ヘタフェ在籍期間:2004年〜2005年
現所属クラブ:ナポリ

 ラウール・アルビオルがヘタフェに在籍したのはわずか1年と短いが、彼のキャリアにおいて最も重要な1年と言って差し支えないだろう。

 バレンシアの下部組織で育ち、2002/03シーズンにUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)でトップチームデビューを果たしたアルビオルだったが、翌年はBチームが主戦場になっていた。そこで2004/05シーズンにヘタフェへの期限付き移籍を決断する。

 しかし、移籍直後に自動車事故に遭ってしまう。一時昏睡状態に陥るほどの深刻なもので、戦列に復帰したのはシーズンも半分が終わった2005年1月だった。それでもキケ・サンチェス・フローレス監督からの信頼は厚く、後半戦は初めてリーガ1部でレギュラーとして活躍した。

 その後、キケ・フローレス監督がバレンシアの指揮官となったことで2005年夏からレンタル元に復帰。それからの活躍は目覚ましく、レアル・マドリーを経て現在はナポリで不動のセンターバックとして君臨している。ヘタフェでの1年がアルビオルのサッカー人生を一変させた。

レアルで育ち、レアルへ飛び立った男

エステバン・グラネロ

ヘタフェ在籍期間:2007年〜2009年
現所属クラブ:エスパニョール

 マドリード生まれ、マドリード育ち。8歳でレアル・マドリーの下部組織に入団したエステバン・グラネロは、CチームやBチームで実績を積み上げていた。だがトップチーム昇格には至らず、2007年夏に期限付き移籍でヘタフェに加わった。

 すると1部の舞台で即座にレギュラー格へと成長し、2008年夏には完全移籍を勝ち取る。そして2年連続で印象的なパフォーマンスを披露し、下部組織時代を過ごした古巣マドリーに買い戻された。スター揃いの“白い巨人”で主力に定着することは叶わなかったものの、プレミアリーグへの移籍を果たした。

 イングランドでの挑戦は成功とは言えないものだったが、レアル・ソシエダでの3年間を経て、30歳を迎えた今季からはエスパニョールに籍を移した。ボランチには実力派のライバルが多数在籍している。激しいポジション争いを勝ち抜いて豊富な経験をチームに還元できるだろうか。

セビージャを縁の下から支えるユーティリティ

パブロ・サラビア

ヘタフェ在籍期間:2011年〜2016年
現所属クラブ:セビージャ

 パブロ・サラビアはレアル・マドリーの下部組織で育った1992年生まれの世代で随一のタレントという評価を受けていた。U-16時代から各年代別代表に招集され続け、類い稀な攻撃センスは同年代の中でも群を抜いていた。

 しかし、2011年に5年契約でヘタフェに加入してもなかなか主力に定着できない。移籍から2年目まで設定されたマドリーによる買い戻しオプションも行使されなかった。それでも3年目からは毎年30試合以上に出場し、左足から繰り出される高精度のキックやユーティリティ性で確固たる地位を築いた。

 昨季からはセビージャに在籍している。ホルヘ・サンパオリ前監督の下ではサイドバックに挑戦するなどプレーの幅を広げ、チームになくてはならない存在となった。ヘタフェでの我慢が現在の充実ぶりにつながっているのかもしれない。

恩師の下で覚醒。バレンシアの中心選手に

ダニ・パレホ

ヘタフェ在籍期間:2009年〜2011年
現所属クラブ:バレンシア

 レアル・マドリー時代は“カンテラの最高傑作”とも呼ばれたダニエル・パレホだったが、トップチームで出場機会を得られず。2008年にQPRへの期限付き移籍を経験した後、2009年にヘタフェへ完全移籍した。

 当時のヘタフェを率いていたのがレアル・マドリー・カスティージャ(Bチーム)時代の恩師でもあるミチェル監督だったこともあり、28試合6得点とブレイクした。翌シーズンはさらに出場時間を延ばしてリーグ戦38試合中36試合でピッチに立ち、司令塔として開花。バレンシアへの移籍につながった。

 最近のバレンシアは低迷しているが、パレホは背番号10を託され、一時期キャプテンを任されるなど中心選手として活躍している。スペイン各年代代表での実績は豊富ながら、実はいまだにA代表招集歴がない。

アトレティコを引っ張る真のキャプテン

ガビ

ヘタフェ在籍期間:2004年〜2005年
現所属クラブ:アトレティコ・マドリー

 ガビがヘタフェに在籍したのはたった1シーズンだが、キャリアで初めて年間を通してレギュラーとしてプレーした1年となった。期限付き移籍期間満了にともないレンタル元のアトレティコ・マドリーへ復帰すると、そこでも主力として起用される。

 2007年にはサラゴサへの移籍を決断すると、そこでは不動の主軸としてキャプテンも務めた。在籍した4年間で2部降格と1部昇格を経験し、2011年に2度目のアトレティコ復帰を果たす。

 それからの活躍は言わずもがな。中盤でチームに闘志を注入する絶対的な柱としてディエゴ・シメオネ監督から全幅の信頼を寄せられ、昨季まで10年連続のリーグ戦30試合以上出場を達成。34歳になっても一切衰える気配がない。

 アトレティコで2度のチャンピオンズリーグ決勝を経験しながらスペイン代表経験が全くないのは不思議なほどだが、ガビはアトレティコを牽引する闘将として今季も走り続ける。

text by 編集部