働き方改革で残業時間は短くなるというけれど、早く帰っても特にやることが思いつかない。むしろ、仕事をしている方が充実している気がするんですけど……?

労働時間をめぐる漠然としたモヤモヤについて、慶應義塾大学大学院教授であり、『幸せのメカニズム』(講談社)など“幸せ”に関する著書を多数出版されている前野隆司(まえの・たかし)先生に話を聞いてみました。先生、働く時間と幸せって関係があるんでしょうか?

幸福度は遺伝で決まる?

--「幸福学」って初めて聞いた時は、哲学とか宗教っぽいなと思ったんです。でも、前野先生が研究されているのは“学問”だと知って興味がわきました。元々はロボットや脳の研究をしていたというご経歴にも興味があります。

前野隆司先生(以下、前野):僕はもともと、ロボットの研究をしていて、笑うロボットとか喜ぶロボットとかを作っていました。それで、ロボットに搭載する、“幸せ”に関するデータを集めていた。そもそも、幸せの研究者というのは世界中にいるんですよ。「幸せかどうかは、実は遺伝で決まる」とか「年収が高くても幸せじゃない」とか。色々なデータが、科学系雑誌などで発表されているんです。

--遺伝で幸せが決まるなんて面白いですね。

前野:そうでしょう。でも色々なデータを見ているうちに、人々は、実はそんなに幸せじゃないのでは?と感じたんですよね。日本人の幸せ度は先進国の中で最下位というデータもありました。こんなに豊かで安全な国なのに、あまり幸せじゃないなんて、違和感がありますよね。幸せなロボットを作るより、人を幸せにする方が急務だと思って「幸福学」を研究し始めました。

幸せはコツコツ型。「一発逆転」には要注意

--人を幸せにするといっても、人それぞれなのでは……? 魔法みたいに一瞬で「はい、幸せ!」とはいきませんよね?

前野:もちろん。僕は工学者なので、ものづくりやサービスづくりで“幸せ”に貢献できるのではと考えました。たとえば、使えば使うほど幸せになるカメラとかね。プロダクトのなかに人々が幸せになる仕組みを入れることができるんじゃないかと思ったんですよ。そういえばこの前、座れば座るほど幸せになる「爽ハッピーベンチ」というプロダクトを開発しました。

--爽ハッピーベンチ?

前野:大手アイスクリームメーカー、ロッテアイスの「爽」というアイスクリームのキャンペーン用に作ったベンチなんですけどね。後ろ脚がなくて、座るとぐっと後ろに倒れて、自然と上を向くようなデザインになっているんです。人は下を向くより、ちょっと上を向く方が幸せだという研究があって、それを応用しました。

--(上を向いて)あ、確かに胸が開いて、広々とした気持ちになるかもしれません。ちょっとした動作で幸せになれるというのは、いいですね。

前野:上を向くだけでいいというのは、ぜひ幸せを考えるきっかけにしてもらいたいですね。そうやって小さい幸せを積み重ねることで、心を整えていくことができます。だんだん「やってみよう」とか「なんとかなる」という気持ちがわいてきて、本当にやりたいことを見つけて、自分の力で成し遂げる。そうすると、ものすごく幸せになれるんです。

--幸せというと、どうしても「一発逆転」というのを思い浮かべがちですが……。

前野:ハイスペックな男性を見つけて結婚、宝くじに当選して悠々自適とかね。でも、そうじゃないんです。僕の研究の結果からいうと、幸せってけっこうコツコツ型なんですよ。楽観的に過ごすとか、人の目を気にしないとか、幸福の要素を積み木のように重ねていって、徐々に心を整えていく感じです。少しの工夫でできるものから、ハードルが高いものまで、幸せの道のりはつながっているんです。一発逆転は気をつけた方がいいですよ。たとえ一発逆転しても、自分の心が整っていないと、また不満が溜まっていきますから。

どのくらい働いて、どのくらい休めば幸せ?

--確かにそうかも……。そういった幸福についてのさまざまな研究を踏まえて、そろそろ本題へ。これから、私たちが仕事で抱えているモヤモヤなどを、先生にぶつけていきたいと思っています。

前野:ぜひぶつけてください(笑)

--たとえば、仕事漬けでなかなか自由な時間がとれないと、一見不幸せな気がしますよね。でも最近では「働き方改革で自由な時間が増えたけど、その時間を何に使えばいいかわからない」という声を聞くこともあります。どのくらい働いて、どのくらい休めば幸せなのでしょうか。

前野:この前、ある雑誌の調査で、働く女性の幸福度を調べました。幸せと感じている層は、多少、自由な時間が多い傾向にあることがわかりました。

--自由な時間というのは、仕事から離れたオフの時間ですか? それとも自分のやりたいことをする時間?

前野:やりたいことがある人と、暇で時間を持て余している人だと、やりたいことがある人の方が圧倒的に幸せという研究結果が出ていますね。暇な人はむしろ、自由な時間が多くても幸福度が下がるんですよ。仕事=やりたいことならば何時間働いても幸せだし、やりたいことが仕事外にある人は、そのためにどのくらい時間を取れるかが重要だと思います。

--空き時間を埋めるために、資格をたくさん取ったりセミナーに頻繁に通ったりする人もいますが、中にはあまり幸せそうに見えない人もいます。

前野:「自分はダメだからせめて資格がないと」という気持ちで取り組んでいる人は、ちょっと辛そうですよね。「この資格があるとさらにスキルが上がる!」というふうに、ポジティブに取り組めている人は幸せだと思います。実は、僕は資格とか習い事がキライなんです(笑)。習うより我流の方が好きなんですよね。我流でやると、すごくとんがったアイデアが出る。資格を取るときも、自分の個性が消えないか、本当に自分がワクワクすることなのかというのを、よく考えて取った方がいいと思いますね。

毎日同じリズムで過ごすとブルーマンデーがなくなる

--疲れていても、週末は趣味にいそしんだり、やりたいことを実現するために人と会ったりした方がいいんでしょうか。寝ていたいのになんで予定を入れちゃったんだろう、と億劫になることもあります。

前野:週末に寝だめをする人っていますよね。実は、寝だめをする人の方が不幸という研究結果があります。日ごろ寝不足だから、土日くらいは……と思って寝だめをしても、結局疲れはとれないんですよ。なぜなら疲れの大半は精神的な疲れだからです。週末も平日と同じ時間に起きて、やりたいことに取り組んで、すっきりした気分で次の週を迎えられる人の方が幸せなんですよね。

--毎日同じリズムで過ごした方が幸せ?

前野:規則正しい人の方が、幸せ度が高いという研究もあります。僕自身の実感としても、土日に働くようになってから、月曜日が嫌じゃなくなりました。あえて休みの日を作らない方が、リズムがキープできていいんですよ。肉体を酷使する仕事の場合は、体を休める時間が必要ですけど。

--なるほど。とはいえ、働き方改革のために土日は会社に来ちゃダメと言われる人も多いですが……。

前野:働き方改革は、時間ではなく、労働の質を問うべきですよね。仕事が楽しくて仕方がないという人もいる。仕事=苦痛という価値観のままというのは、時代に沿っていないように思います。とはいえ、会社から「ダメ」と言われたら仕事をするわけにもいきません。そういう人は、土日に趣味や地域貢献など、仕事とは別の充実した時間を持てるようにするのがいいと思いますよ。

次回は、仕事中に発してしまうネガティブワードをポジティブに転換する方法についてお聞きします。

(取材・文:東谷好依、写真:青木勇太)