世界陸上ロンドン大会で1万mと5000mに出場した鈴木亜由子(日本郵政)は、世界と戦う難しさを目の当たりにした。1万mでは、優勝したアルマズ・アヤナ(エチオピア)の3600mからの急激なペース変化に対応できず、後半には5000m中盤で、一度離れた入賞ラインを狙う集団に追いつくために足を使ってしまったことも響き、最後のスパート合戦で競り負けて31分27秒30の10位に終わった。入賞を目標に挑んだ5000mでも、予選の中盤で先頭に出る積極性を見せながらも、3000m過ぎからのアフリカ勢の仕掛けについていけず、前回の世界陸上北京大会に続く、決勝進出は果たせなかった。


トラック競技で成長の可能性を感じていると語った鈴木亜由子

「1万mは本当にチャンスだったなと思います。3600mから動いた時に入賞集団から遅れずに足を使わないでいけていたら、ラストスパートやその前の仕掛けをもっとできていたと思います」

 前日の男子1万m決勝で、王者モハメド・ファラー(イギリス)の打倒を目指すアフリカ勢が最初の1000mを2分39秒48で入り、最後まで競りかけ続ける凄まじいレース展開を見せた。鈴木には、女子もそういう展開になればいいという思いがあった。

 しかし、いざレースが始まってみると最初の1000mは3分30秒台、次の1000mも3分18秒台とスローペース。その集団の中段でレースを進めていた鈴木は、予想外だった3600mからのペースアップに対応できなかった。先頭から5番手ほどの前方について、アヤナのスパートに対応できた松田瑞生(みずき/ダイハツ)と同じくらいの位置取りができていたらと、悔やまれるレースだった。

「今回は、あまり動いて消耗したくないという意識がけっこうあって、安全にいき過ぎたのかもしれないですね。あそこはついていくべきところなのに、反応がちょっと遅かった。世界のギリギリの戦いの中で逃してはいけないタイミングというのを、ちゃんと心得ていなかった。日本ならあそこからもう1回いける状況ですが、自分より高いレベルの選手を相手に戦いにいく時は、そのチャンスを逃してはいけないし、自分から掴みにいかなくてはいけないんだなと感じました」

 この大会までの練習は、脚に不安が出て1万mを欠場してしまったリオ五輪の反省から、常に余裕を持たせて行ない、順調に仕上がっていた。今大会5000mに出場したチームメイトの鍋島莉奈はスピードが持ち味の選手だが、一緒に練習をしても「自分は自分」と心の中で唱えて、影響されないようにした。現地の練習ではスピード感が6月の日本選手権の時よりもあり、スタミナとのバランスもよく仕上がり、「あとは本番でやるだけだ」という気持ちだったという。

「後半の5000mを15分17秒に上げられたことで、確実にピークを持ってこられていたし、練習やこれまでの流れは間違っていなかったと思います。そういう中身を見れば、やっぱり力はついてきていると感じました」

 そう手応えを感じた1万mのあとに出場したのは5000m。この種目でもひとつの思いがあった。

「前回の北京大会で、できなかった入賞を実現したかった。こだわる必要はないかもしれないけれど、自分の中で決着をつけたいというか、今までの自分を乗り越えたいと思うなら、現実的に見てメダルより入賞というのがあったので、それを目標にしていたんです」

 レース前日の練習でも「このタイムで走れたら」という手応えがあり、いい走りができるのではと期待が持てた。しかし、走り出してみると脚は重く、1万mのようないい感覚はまったくなかったという。1600m手前から先頭に出て集団を引っ張ってみたものの、3周ほどペースメーカー役を務めただけで終わった。

「予想外でした。日本選手権では、1万mから中1日でもいい感覚で5000mを走れていたので、中4日空けばいけるかなと思っていました。でも逆に、その間隔で走るのは初めてだったので、把握できていなかったのだと思います。自分の感覚と実際のパフォーマンスにズレがあったというか……。今年の5月にアメリカで1万mを走って、帰国して次の週に3000mを走ったことはあったんですが、その辺は経験不足かなと思います。今回のレース自体、スピードが上がっていることも感じましたし、それ以上にタフさも必要だと感じました。レースで競り合いながら、ぶつかり合いながら走って経験値を上げていくことが大事だなと思いました」


鈴木亜由子は、今回の世界陸上でも世界の強さを目の当たりにした

 今大会は女子の中長距離でアメリカ勢の活躍が目立った。3000m障害で1、2位になり、マラソンでは3位。5000mでも2名が入賞して、1万mは8位と9位、800mと1500mでも銅と銀を獲得している。それを見て鈴木は、「彼女たちは練習から本気で競り合うことをやっているのだと思う」と分析する。

 さらに「もし、これからもトラックで勝負するならば、大学時代にやっていた男子選手との練習や海外の速いペースの試合で揉まれて経験値を上げることは絶対必要になる」と話す。

 2020年の東京五輪を見据えれば、マラソンに転向するという道もある。鈴木にとって、この大会はそれを視野に入れる意味でも、自分の気持ちにけじめをつける場だった。

「そこは本当に迷うんですよね。まだ今シーズンのこれからのこともあるし、東京へ向けてどうしようかというのも迷っている。どこかのタイミングで絶対に、マラソンの適性が自分にあるかどうかを見極めなきゃいけないと思うんですけど、昔の男子マラソンの選手のように、マラソン練習をしながら1万mの記録を伸ばすというのもできたらいいなと思っています」

 そんななか、レース後に高橋尚子氏と話す機会があったという。

「高橋さんもマラソンをやり始めてから5000mの自己ベストが出たと話してくれたので、それもありなのかなと思って……。ただ、今回走ってみて『トラックもまだまだできる』という思いもあるし。今までと違うことをやるのは嫌いではないので、決めつけてしまうのではなく、いろんな考えやいろんな方法で選択の幅を広げていきたいなとも思います」

 ロンドン世界陸上の女子マラソンを見れば、レースは35kmまで5km17分台後半のスローペースで進み、そこからいきなり16分16秒までスピードが上がった。それを考えれば、マラソン練習をしながらも、渋井陽子(三井住友海上)が持つ1万mの日本記録(30分48秒89)を出すくらいの走力が必要なことは明らかだ。この渋井の日本記録は、01年世界選手権のマラソンで4位になった翌年5月にマークされたもの。彼女はその後、04年のベルリンマラソンで2時間19分41秒の日本記録も出している。

 ただ、鈴木は今25歳。これからマラソン練習を開始するとしても、本当にマラソンでメダルを狙いにいけるのは、32歳で迎える東京の次の五輪かもしれない。

「自分がこういう風にやりたいと言えば、高橋昌彦監督もいろいろな方法論を持っているので、いいものを提案してくれると思います。だから、あとは自分がどれだけ本気になって、覚悟を決めて取り組めるかだと思います」

 こう言い切った鈴木。今大会の結果には納得できないところもあったが、彼女にとっては本気で次への覚悟を決めるきっかけの大会となった。

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