逆境を跳ね返しノーベル賞候補に AP/AFLO

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 薩長藩閥が権勢を拡大した明治の日本。歴史家・八柏龍紀氏は「賊軍として長く不遇をかこちながらも、官軍権力への反骨精神をバネに近代日本の礎を築いてきた人々がいたことを忘れてはならない」と指摘する。ここでは野口英世を紹介する。

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 子供向けの偉人伝でおなじみの野口英世は、福島県耶麻郡三ツ和村(現耶麻郡猪苗代町)で生まれた。

 この地は戊辰戦争で会津軍と新政府軍が戦った母成峠に近く、新政府軍はここから若松城下まで一気に突入した。野口は終生、自身の出自を意識しており、米国留学中の口癖は「俺は会津のサムライ」だったという。

 そんな野口は1歳半の時、囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負ったが、そのハンデを乗り越えて医学の道に邁進。細菌学者として大成したこれが世間に広まる偉人伝の内容だが、実像は少し異なる。

 野口は研究熱心で知られる一方、知人に金を借りては放蕩を繰り返した。清国でペストが流行した際、政府から支給された支度金を借金取りに回収され、その後知人に泣きついて用立てた資金を芸者遊びで使い果たすような人物だった。

 反面、明治という時代が次第に固定的になり、貧富の差や都市と田舎の格差が広がるなか、彼は僻地の賊軍出身で身体にハンデを負うという二重の逆境を跳ね返し、ひたすらに立身出世をはかった。そしてついにはノーベル賞候補の細菌学者にまでのぼりつめた。

 彼の言葉に「名誉のためなら危ない橋でも渡る」がある。野口英世という“敗れざる者”の徹底したハングリーさと生き急ぐような放蕩からは、明治という時代の持つ過酷さが逆光のように差してくる。

【PROFILE】八柏龍紀●秋田県生まれ。慶應義塾大学法学部・文学部卒業。高校教師、大手予備校講師などを経て、現在、京都商工会議所主催「京都検定講座」講師。日本近現代史、日本文化精神史、社会哲学など幅広いテーマで執筆、論評、講演を行う。『戦後史を歩く』(情況出版刊)、『日本の歴史ニュースが面白いほどわかる本』(中経出版刊)など著書多数。近著に『日本人が知らない「天皇と生前退位」』(双葉社刊)がある。

※SAPIO2017年9月号