徳川将軍たちはどんな人だった? 前編:初代将軍・家康から7代・家継まで

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江戸時代を盛り立てた徳川の将軍たちは、性格も背景も様々で個性あふれる面々が並んでいます。1人ずつどんな人なのか詳しくみていくと、徳川将軍を身近に感じるかも?江戸幕府を開いた初代・家康から、7代・家継までをご紹介します。

初代・家康

徳川家康像(狩野探幽画、大阪城天守閣蔵)

天下人、家康(いえやす)は幼少期から人質生活で苦労していたようです。征夷大将軍になったのは61歳という年齢で、在位は2年2ヶ月と短いのにビックリ!大坂の陣で豊臣家を滅ぼした翌年に、鯛の天麩羅で食あたりをおこして、病没。75年の人生でした。

2代・秀忠

徳川秀忠像(松平西福寺蔵)

秀忠(ひでただ)は、家康の三男です。真面目、律儀なことで評判で、幕府権力の強化の基礎固めに力を尽くしました。27歳で就任し、18年間の在職期間。享年は、54歳でした。

3代・家光

徳川家光像(金山寺蔵、岡山県立博物館寄託)

家光(いえみつ)は、20歳という若さで就任。若い頃は化粧したり派手な着物を着たりと側近も困っていたようですが、幕藩体制をようやく完成させた将軍でもあるのです。そして、男色を好んだため、なかなか跡継ぎに恵まれなかったとか。在職期間は28年、享年は48歳でした。

4代・家綱

徳川家綱像(伝狩野安信画、徳川記念財団蔵)

家綱(いえつな)は、家光の死去に伴って就任したので、なんと11歳で将軍に。子供である上にとても病弱だったため、松平信綱などの重臣たちの補佐が必要でした。30年とかなり長い在職期間でしたが、特にこれといった実績もなかったそう。享年は、40歳でした。

5代・綱吉

徳川綱吉(土佐光起筆 徳川美術館蔵)

綱吉(つなよし)は、子供がいなかった家綱の養子となって徳川将軍家を継ぎました。35歳のときでした。学問が大好きで、将軍になった後も向上心を忘れません。生類憐みの令でも有名な将軍ですね。29年在職して、64歳で生涯を終えています。

6代・家宣

徳川家宣像(徳川記念財団蔵)

家宣(いえのぶ)は、綱吉の甥でありましたが養子となって跡を継ぎ、就任時が48歳。なかなかの高齢将軍です。家綱が発令した生類憐みの令を廃止し、江戸の庶民たちは大喜び!この頃、綱吉時代や災害の影響で、窮乏の財政になっていて大変だったそう。 新井白石や間部詮房を登用して、改革を行います。そして就任してわずか3年5か月、51歳で生涯を終えました。

7代・家継

徳川家継像(長谷寺蔵)

家継(いえつぐ)は、家宣の病没後なんと3歳4か月という若さで将軍となります。徳川15代のうち、最年少の将軍でした。若くとも、聡明で立ち居振る舞いも素晴らしかったようです。家宣時代と同じく、新井白石や間部詮房らによって改革が進められました。家継の在職期間は3年、享年は8歳と生涯を終えるのも早すぎました。

家継の死によって、徳川宗家の血筋は絶えてしまいました。8代からは、紀州の紀伊家が将軍になります。

後編、8代・吉宗から15代・慶喜まではこちら。

徳川将軍たちはどんな人だった? 後編:8代・吉宗から15代・慶喜まで