ネットカフェでオンラインゲームに興じる若者たち

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 中国・深センは、中国の経済成長の象徴のような都市である。しかし、その底辺をみれば、現実に夢も希望もない、仮想世界に逃げる若者たちが社会問題化しつつある。ノンフィクションライター・安田峰俊氏による現地レポート。

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「わたし、いちど香港に行ってみたい」

 広東省深セン市郊外の龍華新区にあるマッサージ店。きわどい服装で私の足ツボを押す女の子がそうつぶやいた。雲南省の農村出身で、中学卒業からの出稼ぎ生活は9年目になるという。

 一昔前と違い、いまや中国人の香港通行証は誰でも取れる。だが、この街の住民の多くは、わずか10km先の香港に決して行けない。

「通行証は、数年に一度しか帰らない地元(戸籍所在地)の役所でしか申請できない。つまり無理よね」

 そう話す彼女はやがて、私の鼠径部に手を伸ばした。総額198元(約3300円)で秘密のサービスがあるというのだ。だが、詳しい身の上話を聞いた以上、やや気が引けるような……。

──バンッ!!

 突然、個室のドアが開き、顔を出した男性店員が「逃げろ!」と叫んだ。ガサ入れだ。彼女は血相を変えて部屋から出ていったが、私はマッサージパンツを着替える途中で公安(警官)に踏み込まれ、情けない姿を撮影されてしまった。

 さっき、何もしなくてよかった。形式的に身分証をチェックされただけで、お咎めなしの釈放である。

「けんさだぞ。けんさー」

 むしろ気になったのは、公安の背後でだらしなく声を上げる十数人の若い男たちだった。執勤(ヂーチン)と書かれたベストに黒い制服。だが、プロの治安関係者とは到底思えない締まりのない顔が揃う。

 店を出てから再び様子を見ると、先ほどの彼らは周囲にたむろする若者とスマホで遊んでおり、上司格の公安職員にどやしつけられていた。

「執勤は、口入れ屋を通じて公安局の下働きをする短期雇用の民間人だ。雇用期間が終われば、街にいる失業者の群れに逆戻りさ」

 現地で配車業を営む男性はそう語る。男も女も、捕まえる側も捕まえられる側も、この街に蠢くのは全員が同じような階層の人々ばかりであった──。

 深センは中国ナンバーワンの金持ち都市だ。近年はアジア有数のイノベーション拠点としても台頭が著しい。だが、郊外には短期労働者のスラムが点在する。

 シャープを買収した鴻海や格安スマホで有名なZTEなど、名だたる電子機器メーカーの工場労働を目的に、地方出身の出稼ぎ者が集まるためだ。なかでも龍華新区は職業斡旋所が集中し、人々の間ではある斡旋所の名を取って「三和」と呼び慣らわされている。

 三和に集まる人々の多くは20〜30代の若者だ。彼らはどんなに貧しくてもスマホを持ち、パソコンも使える。だがそれゆえに、ネットゲーム(ネトゲ)などのデジタルな娯楽に搦め取られる者も多い。

「1日働けば3日遊べる」

 これが三和の合言葉だ。路地裏には格安のネットカフェ(ネカフェ)が数十店舗も乱立し、平日の昼間から遊ぶネトゲ廃人で満員である。

 深センの中心部なら1食30元(約500円)かかる食事も、三和では4〜10元で済み、安旅館の寝床にもありつける。短期労働でわずかな収入を稼げば、しばらくゲームやギャンブルに興じて暮らせるのだ。

 数年ほど前から、彼らは中国のネット上で「三和ゴッド(三和大神、サンホーダーシェン)」と呼ばれはじめた。ただしその生活の実態は「神様」とは程遠いものである。

◆ヴァーチャル決済の闇

「過去、1年4ヶ月くらい三和で暮らした。朝から晩までネトゲ三昧だが、最低の生活だったぜ」

 元ゴッドの譚茂陽(タンマオヤン)は言う。彼は湖南省チン州市出身の23歳。中学卒業後に深センに出て工場労働者になり、やがて小さな食堂を友人と共同経営しようと考えた。だが、創業資金5万元(約83万円)のうち彼が2万元を負担した店は、たった2ヶ月で倒産した。法律がわからず、無許可で露店を出して通報されたのだ。

「腹立ち半分にやったネットカジノのバカラで、小銭が10倍に増えた。ハマってしまい、気付けば貯金がゼロになった。そこで周囲の人間や友人に6万元(約100万円)以上の借金をした。だが、ウェブ上にお金を置いていたら、いつの間にかネトゲとネットカジノで全額使ってしまった」

 大手IT企業のテンセントも本社を置く深センでは、同社が提供する微信支付(ウィーチャットペイ)をはじめ、近年は日本以上に電子マネー決済が普及した。だが、それゆえに消費実感を伴わないままネット上の娯楽に散財し、破産する若者が後を絶たない。

 やがて譚は生活費が破格に安い三和に移る。工場労働すらせずに、一晩過ごしても5元で済むネカフェに住み着くようになった。

 廃屋のような建物の1階にある三和のネカフェは路上から吹き晒しで、シャワー設備はない。当時の譚の一日はこんな調子だ。

【朝8時】ネカフェの席で起床。昨晩「寝落ち」したネトゲにログイン。
【朝9時】店内にやって来る物売りから包子(中国パン)と豆乳を2元で買い、ネトゲをしながら朝食。
【正午】昼食は摂らずネトゲを継続。
【夜7時】出前のぶっかけ飯を8元で買い、ネトゲをしながら夕食。
【夜12時過ぎ】ネカフェの席で睡眠。1日が終了。

 譚はお金がなくなると、座ったままでバイトをした。彼は有名ネトゲ『ラグナロクオンライン』で深セン某地区の最強ギルドメンバー(*)だった経験を持つ名人で、別の人のレベル上げを代行すれば「200〜300元を稼げて、工場より儲かった」からだ。手元の現金がすこし増えると、再びネットカジノにつぎ込んだ。

(*オンラインゲームで、ともにプレイする仲間たち。ゲーム進行を助け合い、時にはチャットなどで会話も楽しむ)

「シャワーは週1回。歯は磨かない。服はシャツ1着なので洗濯もしない。周囲の連中もみんな同じで、慣れると気にならなくなった」

 譚は昨年9月にそんな生活から足を洗い、現在はひとまず正業に就いた。ただ、いまだに数万元の借金の返済に追われる日々という。

●1982年滋賀県生まれ。ノンフィクションライター。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。当時の専攻は中国近現代史。著書に『和僑』『境界の民』『野心 郭台銘伝』など。

※SAPIO2017年9月号