インドのダラムサラ郊外にある診療所で話すチベット医のイシェ・ドンデン師(2017年3月23日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】インドのヒマラヤ(Himalayas)山麓で夜明け前、チベット人の僧イシェ・ドンデン(Yeshi Dhonden)師に診てもらおうと、大勢の患者たちが尿の入った小瓶を手に辛抱強く並んでいる。ドンデン師は、チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世かかりつけの療法家として有名になった人物である。

「病気の人がやって来れば、診てあげるのです」。ダラムサラ(Dharamsala)郊外のマクロードガンジ(McLeodganj)に個人で開いている診療所で、周りをチベットの巻物や高名な患者の肖像に囲まれたドンデン師は語る。

 チベット医学、チベット語で「ソワリッパ」は、病気を治すのに瀉血(しゃけつ)やお灸(きゅう)、吸角(きゅうかく)など古来からある術を用いる。独自の理論や治療法に加えて、中国医学、インド医学「アーユルベーダ」の一部も取り込んでおり、瞑想や仏教の祈りなど精神療法も重視する。

 今では世界各地に信奉者がおり、腰痛からがん、変性疾患まで、さまざまな病気の患者が望みを託している。

 ドンデン師は患者の手首に軽く手を当てて、主要な臓器の状態や血圧を確認する。そして、白い磁器に入れられた尿を2本の小さな竹棒でかき回し、色や泡のでき方、沈殿物、においを基に診断を下す。

「レントゲン検査のようなものはしません。自分自身が頼りです。脈をとって、尿を診る。これだけです」。チベットの精神的指導者であるダライ・ラマ14世の健康を30年にわたって預かってきたドンデン師は言う。

 信奉者はチベット医学は本当に効くと言う。とはいえ、効果に関する科学的な研究はほとんど行われていないのが実情だ。

■中印で「領有権」争いも

 チベット医学の教説は、およそ2000巻の教本や、あらゆる精神療法家の守護者とされるブッダの教えに含まれており、チベットが発祥の地と考えられている。

 一方で、チベット医学は中国とインドの古代療法の要素も入っている。ここへきて、知る人ぞ知る伝統療法から人気の代替治療へと急速に進化を遂げるなか、両国が「領有権」を争う事態にもなっている。

 インドと中国が今年4月にそれぞれ、国連教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)に対してチベット医学を無形文化遺産に登録するよう申請したのである。

 中国は1951年にチベットを支配下に置き、ダライ・ラマは1959年にインドに亡命した。中国はインドが亡命政権の本部をマクロードガンジ(McLeodganj)地区に設立する許可を与えたことに激しく反発。以来、両国の間では数えきれないほどのいさかいが起きている。

■患者に寄り添う医学

 代替医療としてのチベット医学への関心が広まった背景には、チベット人が世界各地に離散している状況に加え、欧米で仏教の人気が高まったこともある。

 だが、東洋医学の例に漏れず、近代医学の立場からは懐疑的にみられている。

 インド公衆衛生基金(PHFI)の心臓専門医、D・プラバカラン(D. Prabhakaran)氏は、チベット医学は標準化されておらず、臨床試験もないため、広く受け入れられるには時間がかかるだろうと語っている。

 とはいえ懐疑的な人も、特定のケースではチベット医学が有効とみられる患者がいることを認めている。

 プラバカラン氏は「終末期の患者がチベット医学による治療を受けた後に、予想よりもかなり長く生きられたという話を聞いたことがある」と語る。

「チベット医学は患者の気持ちに寄り添うものなのだと思います。基本的にそれは仏教の教えから来ており、人気を集めている理由もその辺りに事情があるのでしょう」

 2010年、インドはチベット医学を正式に「癒しの科学」として認め、国の医療制度に組み入れた。これにより、研究と投資が促進されることになった。
【翻訳編集】AFPBB News