跡を継ぎたいと思ったのは「獺祭のうまさ」に気づいたから

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いまや大手企業をも揺るがす深刻な事態となっている後継者問題。二代目が見つからない、創業者との間に深い亀裂が生じるなど、大勢の経営陣が頭を抱えている。

しかし飲食業界に、数多の経営者が苦悩する伝統や企業DNAの継承をサラリと行い、次なる挑戦を楽しんでいる2人の若き社長がいる。旭酒造の桜井一宏氏と、麵屋武蔵の矢都木二郎氏だ。”今までにないニュータイプの後継者モデル”となった2人の経営哲学を、5回の連載で紐解いていく。

──企業の継承問題について、まずは後継者の視点でお伺いしたいと思います。お二人が「後継者になろう」と決意したのはどんな瞬間だったのでしょうか?

桜井:父の跡を継ぎたいと思ったのは、「おっ、美味いな」と感じたときでした。給料が入ったのでいろんな酒を飲み比べていたんですが、その中でお世辞抜きにうまいと感じたのが獺祭だったんです。

矢都木:獺祭は別格ですよね! 僕はそんなに酒に強くないんですが、獺祭は大好きなんで飲んでいます。でも桜井さん、逆にそれまでは継ぐ気がなかったってことですか?

桜井:実はもともと会社を継ぐ気は全く無くて、他社に入社したんですよ。六本木のオフィスで人事をしていました。当時日本酒業界は長期的に落ちているということは知っていたので、就職活動中はろくに会社研究もしなかったですね。

矢都木:六本木で! 意外ですね。それまで「会社を継いでほしい」っていう話は一切なかったんですか?

桜井:父は「獺祭を好きにならないと成功しない」とわかっていたんでしょうね。たまに冗談で言う程度で、本気で話し合ったことは一度もありませんでした。なので、後継者になりたいと心を決めた後は、「すみません。戻らせてください」と何度も頭を下げて……。頼み込んで戻りました。なってみたら、父の言葉通り「好きじゃないとできないな」と思いましたよ。

矢都木:「好きじゃないとできない」か。同感ですね。僕もラーメンが大好きでこの業界に入ったんですよ。でも僕の場合、それに加えて、引き継ぐ側として、先代に依存しないように心がけています。

桜井:依存しないということは、何か問題が起きたとき、先代には何も聞かないっていうことですか?

矢都木:先代に「こうしようと思います」と伝えて意見を求めたりすることはありますよ。100%の自信が持てないときなんかは特に。でも、「どうしたらいいですか?」とは言わないようにしているんです。それは社長である自分が決めなきゃいけないことですから。

桜井:確かに。でもうちみたいに伝統的な産業の場合は、先代が身近にいたほうがいいかもしれない。

矢都木:え、例えばどんなときですか?

桜井:何か変える、変わるときですね。先代が亡くなってから継ぐと、「先代はこうじゃなかった」とか「俺のイメージする獺祭は違う」っていう話が出てくるじゃないですか。でも先代が身近にいると、「どっちが正しいか、先代の前で話し合ってみようや」っていう流れになるんですよ。

矢都木:なるほど。挑戦するにしても、先代から受け継いだ基盤は大事ですからね。麵屋武蔵も先代から引き継いだ判断基準は明確にしています。そこは絶対にぶれたらいけないところだと思っています。

──先代から引き継いだ精神的な教えはどんなものでしたか?

矢都木:入社したときから「お客様に喜んでもらうことが第一。そのために会社は変わり続けなければならない」と教えられて育ちました。

桜井:僕も同じです。「少しでも良い獺祭をお客様の幸せのために届ける。それが一番大事」というのが父の口癖でした。

矢都木:仕事って、一歩間違えると、独りよがりになってしまうんですよね。自分にとっての100点を目指してしまうんです。でもそれではダメなんですよ。自分ではなくお客様に100点をもらわないと意味がない。