黎明通りの建設場を現地指導した金正恩氏(2017年1月26日付労働新聞より)

写真拡大

北朝鮮当局が、平壌市に住む一部住民を地方に強制移住させる計画を立てていることについては、以前にも本欄で伝えた。対象となるのは、脱北者の家族や政治犯収容所の収監者の親戚、違法薬物や韓流ドラマのDVDの製造・密売などに関わった人々だ。

正恩氏は、違法薬物の乱用と韓流ドラマの拡散を押しとどめるべく、秘密警察などを動員して様々な努力を重ねてきたが、ほとんど成果は出ていないように見える。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

障がい者を追放

そして9月9日の共和国創建日(建国記念日)を前に、この恐るべき強制移住計画がついに実行に移されようとしている。

平壌市の中区域に住む情報筋が、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、朝鮮労働党の中央委員会は今月初め、平壌市民に対し、市の人口を減らすという方針を各機関、企業所、人民班(町内会)を通じて公式文書で伝えた。

これを受け、市民の間には動揺が広がっている。

中には、「平壌に住んでいると政治集会などに頻繁に動員されて面倒だ。追い出されれば負担が減る」との反応を示す人もいる。

しかし一方で、勤め先の機関や国有企業を通じてそこそこの配給が得られ、地方にはないレジャー施設を利用するなど、平壌市民としての特権を享受してきた人々も多い。それが剥奪されるとなれば、不安になるのは当然だろう。

平壌市内の別の情報筋は、今回の計画について「口減らしが目的ではないか」と疑っている。今までのような食糧配給が困難になったため、人口を減らすことで縮小均衡させようとしているのではないか、との見立てである。

北朝鮮当局が、平壌の人口を無理やり減らそうとしたことは今までもある。

もともと平安南道(ピョンアンナムド)に属していた勝湖(スンホ)区域、中和(チュンファ)郡、祥原(サンウォン)郡、江南(カンナム)郡は、1963年5月に平壌市に編入されたが、2010年に平壌市から黄海北道(ファンヘブクト)の管轄に移された。

これにより平壌の面積は半分以下になり、人口は300万人から250万人に減少した。食糧配給を続けるのが困難となったことが背景にあると言われている。

情報筋はまた、「情勢の緊張に伴い、不順な勢力をふるいにかけようとしているのではないか、との見方もある」と話している。さらにこのような措置について、「金正恩党委員長の能力不足と不安心理の表れ」との見方も示している。

北朝鮮は世界でも珍しい、移動や居住(転居)の自由が認められていない国だが。とくに首都・平壌に移住しようとすれば、組織移動証、労働手帳、食料配給停止証明書など様々な書類を提出し許可を得た上で、さらに中央による出身成分(身分)などの厳しい審査を経てなければならない。

また、「首都平壌市管理法」という法律には次のような条文がある。

「平壌市民は国の政策貫徹において模範となり、首都市民としての栄誉を守らなければならない。平壌市民が国の法秩序を著しく乱した場合には、平壌市民証を回収する」(第30条)

つまり、当局の都合次第で、市民をいくらでも平壌市から追放できるということだ。

実際、何の問題も起こしていないのに平壌から追放された人々がいる。障碍を持つ人々である。金正日総書記は1980年代初頭に「障碍者が革命の首都平壌にいると、外国人に不快な印象を与えるから、追放せよ」との指示を下した。それにより、多くの障碍者とその家族が平壌を追われた。

一方、今回の移住計画の背景には、市場経済化の影響で、より良い収入を求めて都会に向かう人が増えている実態もあると思われる。

平壌に住むには上述したような審査を潜り抜けるため、5000ドル(約55万3000円)とも言われるワイロが必要となるが、それを払ってもなお儲かる商売を見つけた人は、借金をしてでも払おうとするのだ。

ちなみに中国でも、都会に働きに来た農民を追い返す法律が存在したが、暴力的な取り締まりによる死亡事件をきっかけに批判が高まり、2003年に廃止されている。