カナリア色の帝京と青×黄の国見が西が丘で激突した。写真:佐々木裕介

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 Jリーグが誕生する以前から“高校サッカー”と呼ばれ、冬の風物詩として親しまれた「全国高校サッカー選手権大会」。なかでも国見高校と帝京高校は誰もが知る超名門校として人気を博した存在で、両校が持つ戦後最多優勝「6回」は未だに破られない記録でもある。

 
 しかし、帝京は第70回大会、国見は第82回大会を最後に優勝から遠ざかり、また近年は決して全国の常連とは言えなくなっている現状の両校なのだが、高校サッカー出場を夢見るサッカー少年時代を過ごした筆者には「国見と帝京がOB戦をやる」という情報を耳にして心躍らない訳がなく、学生サッカーの聖地“西が丘”へと足を向けた。
 
 その名門校のOB戦は、昨シーズンで現役を退いた永井秀樹の引退試合の前座として開催された。試合前の場内を散策していると、バックスタンドの隅っこに帝京Tシャツを身に纏いひとり座る老人を見つけ声を掛けてみた。
「甥っ子が帝京高校サッカー部でお世話になっていたこともあってね。試合に出られたタマではなかったんだけどさぁ。最近は昔と違って毎年出られる時代じゃないじゃない? 嫁から西が丘でOB戦があることを聞いて、何だか懐かしくなって来ちゃったんだわ」
 
 私と同じ気持ちを抱くオールドファンの言葉に嬉しくなりながらも、こういう歴史を携えた根強いファンが多く居ることも名門校たる所以なのだ。
 
 高校サッカーの大会歌「ふり向くな君は美しい」が流れる中での選手入場に会場が湧く。国見は青×黄のピンストライプ、帝京はカナリアイエロー、どちらも馴染みあるシャツなのだが、一瞬同系色は見分けにくいのではと思ってしまったが、それは野暮な心配、いやいやコレで良いのです。
 
 国見と言ったら「イガグリ坊主」が伝統だが、今日は坊主などひとりもいない。ネタでひとり位は刈って来る者もいるのではと期待はあったのだが……。
 
 帝京の面々も同様で、目立つのは白髪と出っ張ったお腹である。そんななかでシャキッとひとり、現役時代さながらのシルエットで登場したのは阿部敏之(92年度卒/元鹿島、浦和など)だ。学生と一緒に蹴っているというだけあって、今でもあの貴公子ぶりは健在だった。
 
 国見は、都築龍太(96年度卒/元G大阪、浦和)がゴールに鍵を掛ければ、“秀樹(89年度卒)&篤志(92年度卒/元福岡、山形など)”の永井兄弟がゲームを作り、船越優蔵(95年度卒/元新潟、東京V)が前線で待ち構える。ベンチには小嶺忠敏監督が陣取り、大久保嘉人(00年度卒/FC東京)や徳永悠平(01年度卒/FC東京)といった現役Jリーガーが控えた。
 
 帝京もお馴染み古沼貞雄監督が指揮を執る。本田泰人(87年度卒/元鹿島)と中田浩二(97年度卒/元鹿島)がダブルボランチを組み試合を操れば、前線で礒貝洋光(87年度卒/元G大阪)が顔を出す。もはや、説明不要の豪華メンバーである。
 試合は14分、船越が得たフリーキックを“本日の主役”永井秀樹が直接叩き込んで国見が先制。この1点を守りきった国見の勝利でフィニッシュした。結果はともかく、往年の名手たちの共演にファンの心も満たされたことだろう。
 
 夏休みの真っ只なか、ともに意気軒高な小嶺・古沼の両名将は、どちらも遠征中の合間を縫っての上京だったらしい。
 
 試合前に古沼監督は「ただの高校教員が、教え子の頑張りのお陰でこのような機会で再会できる嬉しさ。皆怪我しないで帰ってほしい」とあの変わらぬ口調で教え子へ優しいコメントを残せば、一方の小嶺監督は試合後にインタビュアーからの「前半に長峯宏範(91年度卒/元京都)選手が無人のゴールのポストに当てて決められないシーンがありましたが」という問い掛けに、「あれは昔から病気なんですよ。だから私は郵便局に勤めろと言っていたんですよ。“ポストに当てろ“ってね」と、ユーモア溢れる昔話を披露した。
 
 同門の仲間の新たな門出を祝って集まり、母校のユニホームを着て球を蹴る。その光景にファンは酔いしれ幸せを噛みしめる。これが高校同士のカードで完結してしまうことが凄い。高校サッカーの素晴らしさを改めて実感した夜だった。
 
 また観たいと思わせるエキシビション、だから敢えてこの言葉で締めたい。
「また逢おう、いつの日か、君のその顔を忘れない」と。
 
 取材・文:佐々木裕介