いまから72年前のきょう、1945年8月17日、インドネシアが独立を宣言し、スカルノがインドネシア共和国大統領に就任、1945年憲法が制定された。17世紀以来、オランダの植民地として支配されてきたインドネシアは、第二次世界大戦中の1942年に日本の占領下に入っていた。独立宣言は、日本の降伏から2日後のことだった。

 だが、オランダはインドネシアの独立を認めず、1945年9月末にはイギリス領インド(英印)軍が代理占領した。これにインドネシアの青年や民族主義者が立ち上がり、独立戦争が始まる。46年11月になり、オランダとインドネシアのあいだで協定が結ばれ、英印軍は撤退、一時和解したが、47年1月にはオランダ領東インド(蘭印)軍が軍事侵攻を開始。同年7月には蘭印軍の攻勢により、インドネシア国軍は首都ジャカルタおよび西部・東部ジャワの主要都市を失い、中部ジャワの古都ジョグジャカルタに撤退を余儀なくされる。

 48年1月に再び協定により停戦が実現したものの、同年末にはオランダは軍事侵攻を再開し、ジョグジャカルタを占領する。あいつぐオランダの独立抑圧行動に対し、インドネシアは国連に提訴。インドネシアの共産化を危惧するアメリカなどがこれを支持したことから、国連安全保障理事会は49年1月にオランダを非難する決議を採択し、インドネシア・オランダ両国の話し合いの末、同年11月にはハーグ協定に調印、ついにオランダはインドネシアの独立を認めた。

 ハーグ協定にもとづき発足したインドネシア連邦共和国は、スカルノが主導する反オランダのインドネシア共和国と、それ以外の親オランダの国々で構成された。しかし親オランダの国もしだいにインドネシア共和国に合流、1950年には連邦共和国は解散、現在のインドネシア共和国として再発足するにいたる。こうして同国の実質的な独立が達成された。なお、インドネシア独立戦争には、第二次世界大戦後も現地にとどまった元日本兵も多く参加したことが知られている。2014年に94歳で亡くなった小野盛(インドネシア名・ラフマット)はそのひとりで、存在が確認された残留日本兵のうち最後の生き残りであった。


首都ジャカルタで開催される独立記念日の恒例行事「ヤシの木登り」。参加者は賞品獲得を目指して、油が塗られたポールをよじ登る ©共同通信社

(近藤 正高)