この原稿を書いている「終戦の日」8月15日時点で、ビットコイン(Bitcoin)は、最高値1BTC=49万7000円ほどの値をつけています。ちなみに1か月前の7月16日には約21万円の底値をつけ、1年前の2016年8月15日には1BTC=5万8000円ほどでした。

 1か月で約2倍、1年でほぼ10倍規模の成長、とんでもない景気と言うか高度成長とも言えますが、これをバブルと見る人もいることでしょう。

 今回は、暗号通貨経済がバブルではなく、新しい経済の決済基盤としてどれほどかつてない強さを持つかを素描したいと思います。

 もっと言えば、例えば国連が掲げるSDGs(持続的開発=Sustainable Development Goals)のための17の目標すべてを加速し、とりわけ貧困を撲滅、暴力戦争を回避し、配分の公正そのものが社会を安定して成長させる基盤ともなり得る背景に、ざっくりと踏み込めればと思っています。

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フォークはビットコインの「脱皮」?

 昨年の今頃はは5万円台だったBTCが急騰したのは2017年5月23日前後です。これには明確な理由があります。

 「コンセンサス2017」というビットコインの国際会議がニューヨークで開かれました。ここでの議論を通じて「Segwit×2」など「スケーラビリティ問題」の現実的な解決策が議論されるようになって、BTCは日本円にして30万円を軸とする推移に浮上します。

 これを「成長痛」と表現するコラムがありましたが、実際に7月21日、「Segwit」はオンセットし、8月1日にはビットコイン・キャッシュ(Bitcoin Cash)へのハードフォーク(分裂)が訪れました。

 それからまだ2週間しか経っていません。学術論文の審査期間を待っていたら、相場の推移の方が1桁早いので、玉石混交様々な情報が飛び交っていますが、ここでは私自身が原理から考える、ぶれないフィンテック(FINTECH)不動の原点から言えることだけで、物事を考察してみましょう。

 8月1日のBTHフォークの後、1週間ほどの「潜伏期」を経て、まずBTCは36万円台強に跳ね上がります。だいたいヒロシマとナガサキの日の間に5分の6倍の成長があった。

 次いで終戦の日の週を迎えて、BTCはほとんど48万円台で推移、さらに50万円に迫る勢いへとステップアップしています。前の週からさらに1.5倍、急激な「成長」です。「暴騰」と見る人もいるかもしれません。

 フォークは「ビットコインの分裂」と警戒されましたが、「成長」と言うよりは「脱皮」という感じで、以前の硬い殻を破って、柔らかい新しい身がどんどん膨らんでいる、この2週間の推移です。

 とはいえホップ、ステップからジャンプへと行くかどうかは分かりません。またローカルに相場が下落することもあるでしょう。

 しかし、大原則として、ビットコインはある一定以上は暴落しない、しようがない、という「分散型の歯止め」が利いている。そのことを念頭に、この新しい、まだ若く幼い電子経済を、守り育てていく必要があると、ある確信をもって私は考えています。

 まず「バブル」ではなく「歯止め」が利いている背景から確認してみたいと思います。

「元手」がかかっているビットコイン

 もちろん仮想通貨だって、大暴落して「紙くず」ならぬメモリの数字だけになってしまうリスクがないわけではありません。

 でも、一般の通貨、あえて表現するなら「国民国家」やその延長にあるものが発行するドルとか円、ユーロや証券とは別の「価値の保存圧」が働いている。

 まずそのことに目を向けたいと思います。ビットコインは「マイニング(採掘)」と呼ばれるシステムで拡大していきます。細かなことはすでにこの連載でも記しましたので、ここでは端的に、ある種の暗号通貨には「ただただ愚直にべらぼうな量の計算問題を解くスピードを競いながら価値を生み出していく」という特徴があることだけを確認しておきましょう。

 もっと分かりやすく言えば、専用の馬鹿でかい問題解決マシンを準備し、かなりべらぼうな電力を食いながら計算問題を解いて、そのご褒美として1着になった人がコインを手に入れられる、というシステムになっている。

 やや乱暴な表現ですが、「相当額の電気代がビットコインの価値を裏づけている」とも言えるわけです。こうなると、インフラを整備し電気代を払ってコインをゲットした人たち(マイナーと呼ばれます)は、そう簡単にビットコインに暴落されてはたまらないことになる。

 国家や行政機関ではなく、グローバルに分散したマイナー、またユーザが、共通の利害として「このお金は価値をきちんと保たせなくてはならない」と思い続けることで、貨幣の価値が支えられている。

 もちろん、相場ですから「乱高下」はあります。例えば8月15日、夕刻6時半に48万円強の値をつけていたビットコインは、7時過ぎに突然40万5000円程度まで急落します。そして直後に45万6000円まで持ち直しました。

 データを見ると、30〜60分程度の緩やかな値動きと別に、突然数分の下落が発生しており、何かがあったことが見て取れます。大きく利ざやを抜いた人がいても不思議でありません。

 だからと言ってビットコイン全体が暴落するかと言われればそうではない。大きな時間の単位で稜線を眺めれば、時折ツノ状のピークで急激な上下動も示しながら、ベースラインは着実にじりじりと上昇している。

 それは、多数の「マイナー」やユーザ、コア開発者など、この仮想通貨を支えるコミュニティにある「価値の承認」が確固として存在することで、より確かなものになっていきます。

 こういう「コンセンサス」=共通の価値承認が、実は貨幣というものの本質を決定づけているわけですが、基礎的な話は別の機会に譲りましょう。

 以下では、終戦の日にちなんで、デジタル通貨が「平和」をもたらす役割に集中して、整理してみたいと思います。

欧州がユーロを導入した背景

 話が飛ぶようですが、1999年1月1日、欧州は決済通貨として統合新通貨「ユーロ」を導入しました。

 この時点では、市中にユーロのコインや紙幣は出回っていません。前後する時期、私はフランスのパリやモンペリエで仕事があったのですが(マース・カニングハム舞踊団とのジョン・ケージ遺作「オーシャン」没後初演など)、通貨はしっかりフランスフランでした。

 これに遅れること3年、2002年1月1日から、コインや紙幣のユーロが出回り始めました。

 「もうユーロ見た?」なんてやり取りを、このときすでに大学に勤めていましたので、フランス系の同僚が話していたのを思い出します。

 私はこの時期、介護でなかなか日本を離れられなかったのですが、介護が終わった2004年以降、「旧フラン紙幣をユーロに両替してきてもらえないか?」といった先輩教授からのリクエストで、パリ市内の特定の銀行に出向いたりもしました。

 さて、欧州はどうして通貨統合したのでしょう?

 答は簡単で、単一の実体経済圏を作り出すためでした。その内部には為替相場が存在せず関税もなくなります。

 日本国内で、例えば「京都円」と「大阪円」にレートの差があり、枚方あたりを過ぎるところで関税がかかったりはしない(かつて幕藩体制期には、実質的にそれに近いこともあった可能性がありますが)のと同じことです。

 ではなぜ、単一の実体経済圏を作り出したかったのでしょうか?

 これには様々な答えが可能ですが。私が最も重要と考える理由は「単一実体経済圏の中では、全面戦争は起こらない」、つまり「欧州を二度と戦場としない」という強い決意のもと、通貨統合がなされたことを挙げたいと思います。

 早い話、ドイツマルクとフランスフランが分かれていると、独仏両大国が戦争になる可能性を拭い去れない。

 かつて戦国時代と呼ばれる時期、日本では愛知県と静岡県が県境付近で戦争したりしていたわけです。尾張の織田信長が駿府の今川義元を討った「桶狭間の戦い」はこのように表現することが可能なものです。

 その信長が導入した「楽市・楽座」とは、まさに旧来の既得権益層、株仲間などの「お友だち」同士で独占することで経済成長が妨げられていたのを、全面的に自由化する革新的な政策でした。

 日本も早く無意味な既得権益層、2世3世などの寡占状況を脱皮して、新たな経済成長を企図すべきと思いますが、21世紀版「楽市楽座」を断行したのがEUのマーストリヒト体制、共通通貨ユーロの導入でした。

 1999年、ユーロが導入された年、ノーベル経済学賞を受けたのはカナダ出身のコロンビア大学教授、ロバート・マンデルでした。やや異端的な「サプライサイド経済学」を標榜するマンデルは「ユーロの父」とも呼ばれ、「最適通貨圏」の議論を展開しました。

 共通の通貨を使用する、あるいは関税を設けず「楽市楽座」の自由経済を導入することは、実体経済の融合から国家の政治的統一と、とりわけ域内での軍事衝突の半永久的な回避を可能とします。

 かつてナポレオン戦争後、ドイツ北方の雄であったプロイセンは「ウイーン会議」で政治的に南のラインラントに飛び地を取得しました(1815)。

 しかし、物流のたびに飛び地との間で関税が発生してしまうと経済発展に大きな支障となります。そこでプロイセンを盟主として、まず「北ドイツ関税同盟」が結ばれました(1828)。

 これをプロイセンの覇権主義と見たバイエルンなど南部は「南ドイツ関税同盟」を、また真ん中のザクセンなどは「中部ドイツ通商同盟」を結んで、ドイツは経済的に三すくみ状態の緊張状態に陥ります。

 このような状態は経済発展にプラスになるわけがありません。

 折から、英国では産業革命に続いてデーヴィー=ファラデーが電気化学を創始、銀の大量生産に方途が開け、暴落がいち早く予想される中、大英帝国はウイーン会議の直後、ソヴリン金貨の発行(1817)から「金本位制」への移行をいち早く準備していました。

 プロイセンはドイツ各国と丁寧な交渉を続け、ついに1833年「ドイツ関税同盟」を成立させます。これによりドイツの産業革命は急速に進みます。

 15年後に1848年の革命動乱は発生しますが、戦争は関税同盟外のデンマークと戦った「シュレスヴィヒ・ホルスタイン戦争」(1864)や、オーストリアを盟主とする「ドイツ連邦」とプロイセンが戦う1866年の「普墺戦争」を打ち止めとし、ここで勝利を収めたプロイセンを中心に(小ドイツ主義)鉄血宰相ビスマルクの豪腕で「ドイツ帝国」の統一が成し遂げられます(1871)。

 最終的にビスマルクは、ドイツとは言葉も違えばお金も違い、メンタリティも何もかも違うフランスを「ヘイト」することで「ドイツのナショナリズム」を高揚させるというネット右翼もびっくりのデマゴギー戦争をでっち上げ(普仏戦争 1870-71)ます。

 そしてフランスを猛攻、攻め落としたパリのベルサイユ宮殿「鏡の間」でドイツ帝国統一を宣言するという荒業で「国民国家」ドイツ帝国の統一をプロイセン優位のもとで成し遂げてしまいました。

 と、高校で世界史を取得した人は必ず習うおさらいを、わざわざ記したのは、関税同盟や通貨統合が成立している地域では、基本戦争が起きない、という大原則を確認するためにほかなりません。

 第2次世界大戦で独仏両大国に挟まれたベネルクス3国=ベルギー・オランダ・ルクセンブルクは凄まじい被害を受け、村落のような都市国家ルクセンブルクは戦争最末期に至って全建物の3割が破壊され、国民の3.6%が重篤な犠牲を強いられるという悲惨の中で民族の独立を守り通しました。

 マンデルの通貨圏の議論は、こうした悲惨が二度と欧州を襲わないための処方箋を与えるものになった・・・EUが単一通貨圏となれば、その中では決して戦争はおきない。

 昨年発生したブレグジット、英国のEU脱退は、こういう観点から非常に大きな危機感をもって欧州では捉えられることになりました。

 さて、しかしユーロは「この地域で使われている」と特定ができます。翻ってビットコインはどうでしょう。あるいはイーサリアムは。リップルは?

 と考えていくと、実は、通貨の使用圏が特定できないデジタル通貨は、グローバル・カレンシーであると同時に、グローバルに暴力戦争を回避し、平和を維持する「抑止圧」を発揮するものであることが見えてくるわけです。

 「ビットコインは国際社会の暴力戦争リスクを低下させ、かつ実体経済を成長させる」

 終戦の日に当たって、私たちは日本人は、デジタル通貨の持つ、この顕著な特徴に、はっきりと目を向けるべきだと思うのです。

(つづく)

筆者:伊東 乾