“オール・タイム・フェイバリット”なものを紹介していただく週替わり連載企画。今週は国分寺にある名曲喫茶「でんえん」、その御年90歳になる店主が登場。生い立ちからお店の歴史についてお伺いしてきましたが、今回は「でんえん」の紆余曲折、そして“これから”について聞きました。

新井富美子さん

昭和2年(1927年)7月24日生まれ。東京・国分寺にある名曲喫茶「でんえん」オーナー。

お店を続けるか、否か

 

 --お店ってどこも山あり谷ありだと思うんですけど、振り返っていかがですか?

新井富美子:みなさんそうおっしゃるのね。でも、うちは最初のスタートが良かったもので、つまづかず順調にいったんです。今年で60年ですけど、30年くらい経った時に大手資本の喫茶店が来ましたよね。チェーン店ができてから、やっぱりお客さんは減りましたね。

でも30年経った時はもう子どもたちも大学出てお勤めしていましたから、あまり経済的に大変だっていう…まぁお店は暇だったけどそんなに慌てないで済みました。店を閉めなくちゃいけないとかね、そういうところまでは追い込まれなかったですね。

 --時代の波に揉まれながら、よくやってこられましたよね。

新井:そうですね。時代に恵まれていたのか、こんな仕事っていうのはアレなんですけど、私もよく分からないで。35年くらい前、主人が亡くなった時に辞めようかどうしようかは迷いましたけどね。

 --そこはどういったご判断で?

新井:辞めないで続けた方が良いっていう方が圧倒的に多かったんです、お客様から。だからそれに従っただけで。

 --その期待に応える形で、そしてご主人を遺志を継いで。

新井:そうです。だからもう60年やりましたから、私はいつ辞めても良いと思ってるんです。私はここにいなかったら、どんな人生になったでしょうねえ。果たしてこれが、私の本当に好きな道だったのかどうかは、わかりませんよね。やっぱり、主人が途中で亡くなりましたからね。だから、私ひとりでやってる時間の方が長いわけですよね。 

おばあちゃんが思い描く
「でんえん」の未来

 
 ――これからやりたいこととか、夢みたいなものはありますか?
 
新井:今やりたいことはね、ここの整理です。いろんな整理するのに1年くらいかかると思うの。捨てるわけにはいかないから、欲しい方にもらっていただいたりとか。絵もありますし、色々あるから。そういう整理をゆっくりしていきたいですね。
 
 ――誰かにバトンタッチするとかは?
 
新井:やりたい人は何人かいらしたんだけど、どなたも務まらない。できない。ここをできる人がいないです。要するに“儲け”に走っちゃうでしょ。儲けを気にしちゃこの店はできないんですよ。私は、利益を追求しないからできたの。
 
 ――利益ではなく、何を大切にしてこられたのでしょう?
 
新井:要するに家からここに来るのが私の楽しみだったから。お金儲けじゃないから。ここは私のリビングルームですから。
 
 ――生活の一部というか。
 
新井:そうそう。だからここでひと儲けしようとか野心のある人にはできないです。お客様によろこんでいただくとか、何かないとダメですよ。やっていけないです。
 
私はこのまま現状維持できれば良いなと思っています。特に変わったことはしないで、今までどおりの現状維持ができれば。
 
 ――それがささやかな願いであると。
 
新井:楽しみですね。いつ辞めるとかそういうことは一切申し上げないで、黙って徐々に片付けていく。
 ――もうエンディングのシナリオができてるんですね。
 
新井:できてるんです。
 
 ――ひっそりというか、自然に?
 
新井:そうそう。ひっそりと去れば良いんですよね。大げさに、いついつ辞めますからパーティーをしましょうとか、一切そういうことはやりたくない。ひっそりとドアを閉じます。もしなくなったらそう思ってください。
 
 ――寂しいけれど、お母さんにとってはそれがいちばん幸せなエンディングというか。
 
新井:そうですね。だから、今年60周年なんですけど、お客様が「60周年パーティーやらないの?」とかね、いろんなお声が掛かったけど、私そういうのイヤなんですよ。しなくてもいいですよね。もちろんお客様への感謝の気持ちでしたい気持ちはありますけどね。でも殊更したくないんですよ。コンティニューですよ、続ければ良いの。そう思います。
 
 ――淡々と、最後までいつもどおりの毎日を積み重ねていって。
 
新井:はい。もう人知れず、「あぁ、あんなところにああいう店があったんだ」って、それで良いんですよ。
 (次回につづきます。前回はこちら)
Photo by Akihiro Okumura(TABI LABO)