家康の「脱糞伝説」は後世の創作?

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 有名な歴史上の出来事として広く知られているようなことは、果たして史実なのか? NHK大河ドラマの名シーンを例に、「本当にあったこと」なのかどうか検証した。

●『徳川家康』(1983年放送、主演・滝田栄)

 武田信玄軍に惨敗し、浜松城にたどり着いた滝田演じる徳川家康を本多作左衛門(さくざえもん、長門裕之)が笑う。

「呆れ果てたお方じゃ、殿は。馬の鞍壺に糞を漏らしてござる」

 怒った家康は作左衛門の頬を殴りつけた。

「たわけぇい! これは腰につけた焼き味噌じゃい」

──1573年、織田信長討伐に立ち上がった武田信玄を、徳川家康が迎え撃った三方ヶ原の戦い。家康は敗走し、恐怖のあまり脱糞しながら浜松城に逃げ帰ったという逸話だが、歴史作家・青山誠氏によれば、「同時代の史料には出てこない話」であり、信憑性は低いという。

「この戦いの屈辱を忘れないために家康が描かせたといわれる『しかみ像』も、九男の徳川義直が“父の悔しさを忘れないために”描かせたとわかってきました」

●『真田丸』(2016年放送、主演・堺雅人)

 昨年放送の大河の最終回では、単騎で徳川本陣に迫った真田信繁(堺)に追い詰められた家康(内野聖陽)が「儂を殺したところで何も変わらん。徳川の世は既に磐石。豊臣の天下には戻らん! 戦で雌雄を決する世は終わった」と叫び、それに対し信繁が自らの信念を語るシーンが描かれた。

 徳川方に残された史料に大坂夏の陣の信繁の奮戦は書き残されているが、歴史研究家で『NHK歴史番組を斬る!』などの著書がある鈴木眞哉氏によれば「豊臣方の攻撃を受けた家康は、旗も馬印も放って逃げたとある。2人が顔を合わせることはない」と考えられている。

 脚本家・三谷幸喜氏によって創り出された見せ場なのだ。

※週刊ポスト2017年8月18・25日号