本田は2014年10月のヴェローナ戦で2ゴールの活躍。当時、敵将だったマンドルリーニ氏も、その試合をしっかり記憶していた。(C)Getty Images

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 イタリア人監督のアンドレア・マンドルリーニ氏が8月上旬から中旬に初来日。現役時代はDFとしてインテルなどで活躍し、指導者転身後はヴィチェンツァ、アタランタ、クルージュ、ヴェローナなどを率い、昨シーズン終盤もジェノアを指揮した57歳の名将だ。
 
 元日本代表監督のアルベルト・ザッケローニと旧知の仲で、現在はJリーグの監督にも興味を持つ(来日中にJ1とJ2の5試合を観戦)マンドルリーニ氏に直撃取材。日本人選手について話を聞いた。
 
 まず聞いたのは、やはり本田圭佑。2014年1月から今夏まで3年半、ミランの10番を背負ったレフティーをどう評価するのか。「HONDA」の名前を出すとマンドルリーニ氏はまず、苦笑いしながらこう語った。
 
「ホンダにはヴェローナ時代にやられたんだ。ドッピエッタ(2ゴール)されたからね」
 
 本田がマンドルリーニ氏率いるヴェローナからドッピエッタを記録したのが、14-15シーズンの7節。開幕7試合で6得点・2アシストを記録し、ミラン時代でもっとも輝きを放った入団2年目序盤戦だった。
 
 しかし、その後はレギュラーとバックアッパーの間を行き来し、最終年だった16-17シーズンは完全にベンチ要員。今夏に契約満了でミランを去り、パチューカに新天地を求めた。そんな本田についてマンドルリーニ氏は、「少し可哀想だった」と振り返る。
 
「当時のミランは監督が頻繁に変わり、それによって彼も色々なポジションに置かれた。それでも、犠牲の精神でどこのポジションでも全力を尽くしたと思う。ただ、自分の好きなポジションで、自分の好きなプレーはできなかった。当時は『できることをできなかった』とザッケローニも彼のスタッフも嘆いていたよ」
 
 本田が在籍した3年半で、ミランを指揮した監督は実に6人。資金不足で満足な補強もできない状況ながら、結果が出ないと堪らず監督交代に踏み切りさらなる混乱を招くという、セリエAにありがちな悪循環にハマり、いわば暗黒時代を過ごした。本田のミラン挑戦がポジティブよりもネガティブな印象が上回った理由は、そのチーム状況にもあったとマンドルリーニ氏は分析した。
 一方、イタリア8年目を迎える長友佑都に関して聞くと、自身の古巣であるインテルの選手ということもあってか、顔がほころんだ。
 
「長友は今やインテルのカピターノ(キャプテン)みたいだね(笑)。選手からもスタッフからも評価されているよ。真面目で明るいし、その点もすごく好まれている」
 
 長友は今夏も放出要員に挙げられ、ダウベルト(←ニース)というライバルが加入。それでもプレシーズンで猛アピールし、ルチアーノ・スパレッティ新監督から一定の評価を勝ち取っている。そんな後輩をマンドルリーニ氏は、性格も含めてインテルに馴染んでいると語った。
 
 取材時は、浦和vs大宮(8月5日)と神戸vs鹿島(8月9日)を視察した直後。浦和の関根貴大がインゴルシュタット(ドイツ2部)に移籍したことを告げると、「たしかに良い選手だった」と目を細めた。
 
「パーソナリティーがあるね。攻撃はもちろん、守備もそこそこ上手い。セリエAでも通用するかもね。ただ、イタリアはルーツ的に南米との繋がりが強いし、外国人枠の問題がある。だから今の日本人選手はみんなドイツに行くのだろう(ブンデスリーガは外国籍選手の登録制限がない)」
 
 視察した2試合で他に気になった選手を聞くと、FW金崎夢生、DFの昌子源と植田直通という鹿島の3選手の名前を挙げた。
 
「金崎はあまり後ろに下がらず、常に敵ディフェンスラインの裏を狙っていた。それが2ゴールという結果に繋がっていたと思う。逆にポドルスキは下がり過ぎて、ゴールから遠い位置でプレーしていた。鹿島はCBも優秀だね。2人とも落ち着いていたし、ボール捌きも安定していた」
 
 マンドルリーニ氏は「日本人選手はテクニックの基礎はあるが、インテンシティーがやや足りない。練習で改善できる部分だし、私ならそれをトレーニングできる」と語り、Jリーグでの仕事にかなり意欲的。声を掛けるクラブは現われるか?
 
取材・文:白鳥大知(サッカーダイジェストWEB)