俳優、園芸王子、ファイナンシャルプランナー…三本の矢が三上真史を強くする!

約10年にわたり在籍した俳優集団・D-BOYSからの卒業。そして私生活では入籍。34歳になる今年は、三上真史にとって決断の年となった。新たな一歩を踏み出すことに恐怖は? そんな問いに「何をやるにも失敗はつきものだし、大事なのはどう乗り越えるか」と力強く語る。その人生哲学は、まもなく幕を開ける主演舞台『向日葵のかっちゃん』のテーマとも重なる。新たな飛躍の年に、かけがえのない大切な役に巡り合った。

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc

森田先生のような大人に出会えていたら…と思った

『向日葵のかっちゃん』は西川 司さんの自伝的小説を原作にした作品です。時計も漢字も読めず、ずっと支援学級に通っていた少年・かっちゃん(阿由葉朱凌、戸塚世那 ※Wキャスト)が、若き教師・森田(三上真史)と出会うことで、成長していく姿を描きます。
最初に脚本を読んだときは、感動しておのずと涙があふれてきました。見る人が、自分自身の子ども時代に置き換えて「自分の頃はどうだったかな?」「こんな先生に出会えていたら…」と感じていただける作品になると思いました。
ご自身が演じる森田先生についてはどんな印象を持たれましたか?
僕自身、森田先生のような人間でありたいと思っている男です。憧れの存在が作品の中にいて、その人物を自分が演じられるということにワクワクしました。
三上さんの中にも、森田先生のような熱血漢の部分があるんでしょうか?
ありますね。自分で言うのもおこがましいですが、すごく似た部分を感じました。
具体的には…?
「絶対にあきらめない」というところ。失敗してもいいし、間違ってもいい。わからないことは「わからない」と言えばいい。でも、生徒があきらめようとしたら、本気で怒る。僕の小さな経験と比べるのも失礼ですが、僕も失敗や悔しさを重ねて、でもあきらめなかったからいまがあるという思いがとても強いので、そこはすごく共感しました。
ご自身の子ども時代を振り返って、かっちゃんと重なる部分はありましたか?
僕も小学5年生のときに、かっちゃんと同じように転校したんです。ちょうど思春期だったので、すごくつらかったですね。新潟県の田舎から新潟市内に引っ越したんですけど、田舎だとピンポンを押さずにドアを開けて「○○くん、遊ぼ!」って感じなんです。でも、市内だとそれが通用しなくて…。あれは衝撃でした(苦笑)。
クラスでは運動でも勉強でも、中心になってみんなを引っ張るタイプでしたか?
どちらかと言えばそうですね。わりと活発な子どもで、みんなでサッカーをしたり。勉強は嫌いでしたけど(笑)、でもちゃんとやってましたね。
では、森田先生のような、忘れられない先生との出会いは?
中学の部活でバドミントンを始めたんですけど、顧問の先生はいわゆる鬼教官で(笑)、本当に厳しくて。ちょっとでも遅れたら正座だし、いまの時代には考えられないですが、当時は水も飲めないし…。人生の厳しさ、タフさを学びましたね。
バドミントンは、はたから見ている以上にハードなスポーツですよね?
いや、本当にそうなんですよ! 風が入るとダメなので、夏でも体育館の扉を閉めきるし、試合中もほとんど休める時間がないんですよ。精神的にも肉体的にも相当、鍛えられましたね。
本作の森田先生とはまたタイプの異なる経験ですね。
そうですね。でもおかげで、最終的に県大会で勝つことができたんです。先生から基礎の大事さ、コツコツとあきらめないで続けることの大切さを教わりました。感謝しています。
それは素敵な出会いでしたね。「間違えること、わからないことは恥ずかしいことじゃないんだよ」と教えてくれる大人がいることは、子どもにとってどんなに大きいことか、いまになって気づかされますね。
そういう大人ってなかなかいなかったですよね。どうしても「間違えちゃダメ」って教え込まれることが多くて…。
いつのまにか、みんなと違うことをやること、失敗することが怖くなって…。
ついつい「右にならえ」になっちゃう。不思議なもので、この歳になると「失敗したり、間違えたりする経験って宝なんだよ」って僕らも気づくんですけど、それを小さい頃から教えられていたら、子どもたちの成長はまた違うものになっていくと思います。だからこそ、子どもたちはもちろん、これから子どもに何かを教える立場にある大人のみなさんにもこの作品を見てほしいですね。

先生役から考える、理想の“大人”像とは?

過去に舞台『僕等の図書室』シリーズでも先生を演じられていますが、先生役はお好きですか?
好きですね。じつは、僕はガーデニングが趣味でして…。
よく存じております(笑)、園芸王子。
ありがとうございます(笑)。最近では、ガーデニングの講演会に呼んでいただく機会も増えて、講師という立場でみなさんにお話をすることがありまして。
役だけでなく、実際に先生をされる機会が?
多くなりました。その際、みなさんの視点で話をするということを心がけています。森田先生は、単に事実を覚えさせるのではなく、「なぜ?」を大事にしますよね。
「なぜそうなるのか?」を教えることで、かっちゃんは飛躍的に成長していきますね。
たとえばガーデニングでも、みなさん「水をたっぷりやる」ということを実践しがちなんですけど、じつは“乾かす時間”が大事なんです。そう言うと、みなさん不思議な顔をされるんですが。
ただ、水をたくさん与えればいいのではなく…?
水を与えられない時間に、根っこが水を求めて土の中を伸びることで成長するんです。逆にいつも水を大量に与えるというのは、お風呂に浸かっている状態なんです。そうやって理由を説明することで、みなさん深く理解してくださいます。 
なるほど!
他人に何かを説明することで、自分自身でも改めて気づかされることもありますし、より理解を深めることができたりもします。そういう意味で、今回の舞台では、かっちゃん役を阿由葉朱凌くんと戸塚世那くんという子役のふたりが演じるんですが、すごく楽しみです。
思いもよらない刺激をもらえそうですね。
森田先生のセリフで「“先生”という言葉は『先に生まれる』と書く。みんなより先に生まれているから、いろんなことを知っているけど、知らないこともあるし、何も偉くないし、怖くもない。だから先生はみんなと友達になりたい」というのがあるんです。
赴任した際の最初の挨拶ですね。
舞台もまさにそういうものだと思います。板の上に立ったら、年齢やキャリアなんて関係ない。森田先生と同じように僕も、朱凌くん、世那くんと同じ目線でやっていきたいです。一方で、この物語は「大人がきちんと大人であることの大切さ」も描いています。ふたりから質問されることもあるかもしれないし、そこで“リアル”が生まれることを楽しみにしたいですね。
三上さんにとって「大人であること」とはどういうことだとお考えですか?
子どもたちにとってのかがみであることですかね? 僕自身、気づかないうちに親や先生、小さい頃に出会った周りの大人たちのマネをして、大きくなってきていると思う。今回、かっちゃんを演じるふたりも、もしかしたら僕を見て、マネをする部分があるかもしれない。
彼らが稽古期間を含めて、この公演でもっとも頼りにする大人は、三上さんだと思います。
そこでの経験が、ほんの少しかもしれないけど、彼らの人生そのものにも影響するかもしれない。そうやって、子どもたちの人生に携わる責任を持っているのが大人なんだなと思います。

“園芸王子”に自信を持てるように。影響を受けた存在

先ほどの部活の顧問の先生しかり、三上さんもこれまでの人生で、いろんな大人に出会い、影響を受けてきたかと思います。
いま、話しながらふと思い出したんですが、大人になってからも、そういう影響を与えてくれる存在との出会いはあるんですよね。
と言いますと…?
2012年に『クールの誕生』という舞台に出演させていただき、高度経済成長期のサラリーマンを演じたんです。そのとき、サラリーマンのスペシャリストと言える方にお話を直接うかがえる機会をいただきまして。そこでお会いしたのが、当時はローソンの社長で、いまはサントリーの社長を務めてらっしゃる新浪剛史さんだったんです。
カリスマ的経営者として、数多くのメディアに登場されている方ですね。
僕がインタビューをするような形で、お話をさせていただいたんです。最初は「粗相があったらどうしよう…」と緊張していたんですが、まさに森田先生のような方で、すごく気さくで「何でも聞いてよ」とおっしゃってくださって。
どんなお話をされたんですか?
すごく大事な言葉をいただきまして。「役者という縦の線以外に、“下の線”を2本伸ばすことが大事だよ」と。
下の線を2本?
“T”の字を上下逆さにした“逆Tの字”とおっしゃっていました。真ん中の縦の線がいまのメインの仕事。そしてそれとは一見交わらない、左右に伸びている下の2本の線をしっかりと太く長くすることで、バランスをとるようにメインの仕事も伸びるし、いずれ縦の線とのあいだにつながりが生まれて交わり“扇”の形に花開くんだと。
脇目も振らず、メインの仕事一本に集中したほうがいいんじゃないかと考えてしまいがちですが…。
「そうすると、頭でっかちになっていずれ倒れてしまうよ」と。新浪さん自身、普段からあまり仕事上で交わりのない、異業種の人たちと会う機会をすごく大事にされているそうです。だから、僕と会ってくださったときも「こっちも楽しみにしてたんだ。僕もどんどん質問するからね」と気さくにおっしゃってくださって。
カッコいい大人ですね。
その1年ほど前の2011年から『趣味の園芸』(NHK Eテレ)のナビゲーターの仕事をやらせていただいていたんです。小さい頃から好きだった園芸を仕事にさせてもらえてうれしい気持ちもありつつ、でもどこかで「役者なら、それだけに集中すべきなんじゃないか?」という思いもあって…。
悩んでいた?
視野が狭くなっていたところもあったと思うんですが、新浪さんに「それはどんどんやるべきだよ」とおっしゃっていただいて。そこで「他にやりたいことは?」と聞かれて「大学が政経学部だったので、ファイナンシャルプランナーの資格を持ってるんですが…」と言ったら「スキマ時間だけでもいいから、勉強を続けなさい」と。
逆T字の2本目ですね!
それに関しても「やりたい」という気持ちを持ちつつ、きっぱりとあきらめたほうがいいんじゃないかってモヤモヤした思いを抱えていたんですが、そう言っていただいたことで気持ちが楽になって、スッと視界が広がりました。「好きならどっちもやればいいんだ」と。
背中を押してもらえたんですね。いまでは“園芸王子”と呼ばれるほど、園芸は三上さんを語るうえで欠かすことができない要素です。
ファイナンスのほうも、マネーセミナーに呼んでいただいたり、仕事にもつながるようになって。あのとき、あの言葉をいただいてなかったら、いまの自分はなかったなって思います。
森田先生とかっちゃんの関係は2年間ですが、三上さんと新浪さんは…。
たった1日、その一度きりの出会いなんですけど、人生を変えていただきました。あのときの言葉が自分の芯になっているし、決断することが楽になりましたね。
決断が楽に?
いまの時代、SNSなどが発達して便利になったけど、いろんな周りの声が聞こえすぎて、とかく自分を見失いやすくなってる。でも、自分にはあのときにいただいた言葉があるから「自分は何をしたいのか?」を軸にしっかりと決断できる。そういう出会いを20代でさせていただいたのは、本当にありがたい経験でした。
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