愛は文学や歴史の中で形を変えてきた概念です。なかでも18世紀に生まれた「ロマン主義」という考え方は、人と人が愛し合うということに、ひとつのテンプレートを作ってしまった。動画メディア「The School of Life」は、そう解釈しています。

ロマン主義的な愛は美しく楽しいものかもしれませんが、そのテンプレートに当てはまらない恋愛の形だって数多く存在します。この動画を通して、愛のあり方を今一度考え直してみるのもいいかもしれません。

ロマン主義以降
セックスの回数が増えた

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ロマン主義という考え方が生まれたのは1750年頃。詩人や芸術家、哲学者が強くこれを支持し、18世紀以降愛のイデオロギーとして定着しました。そして、いつしか理想の恋愛として誰もが目指すべき指標となったのです。

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ロマン主義ではまず、恋愛は結婚のためにするべきであると考えられます。永く続く愛こそが素晴らしく、どんなに長く一緒にいても情熱の火が途絶えないことが大切、と。

その愛を示すために、ロマン主義はセックスこそが愛の最高の表現であるという考えを高めていきました。愛し合うふたりは性的な関わりを持つべきというロマン主義が広まって以降、それまでになかったほど肉体関係を結ぶ男女が多くなったのです。

ロマン主義はまた、真の愛は人の孤独を消し去ると信じていました。愛し合うふたりはお互いに完全にわかり合えると信じ、「目と目が合っただけで相手が何を考えているかわかる」という状態が最も素晴らしいと考えられてきたのです。

「運命の出会い」
至上主義

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 ロマン主義を実践するためには、社会的な立場や家のあり方から離れて、自分自身の感情に導かれるままに相手を選ぶべきとされます。

それまでの歴史では、結婚は政治のひとつの方法であり、家を繁栄させるための重要な手段と考えられていました。そういった合理的で事務的な結婚が、夫婦間や家庭の問題を生みやすかったのは確かです。

ロマン主義的な考え方では、結婚に必要なのは「運命の出会い」でした。愛さえあれば合理的な要素がなくても、ふたりは結ばれるべきだという考えです。

しかし、これも少し考えものです。出会って2ヶ月で電撃結婚をしてもいいのか、働いていなくても結婚していいのか……愛さえあれば全て上手くいくという考え方は、少しいきすぎた理想主義のようにも思えます。

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ロマン主義的な考えでは、愛し合うふたりはお互いの全てを受け入れるべきだとも考えられています。相手に変わって欲しいと思う、もしくは相手のために変わろうと思うことは、その関係が上手くいっていない証拠だとされがちです。

理性も計算も
恋愛には必要なもの

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今まで述べてきたロマン主義的な考え方は、確かに非常に美しいものかもしれません。ロマン主義者は感情を大切にし、希望と憧れを恋愛に託すことについて類い希なる才能があったと言えるでしょう。「誰かを愛する」という感情はそれ以前にもあったものですが、ロマン主義者によってそれは昇格され、人生を左右するほどになってしまいました。

しかしそれは時に、人生を破滅させることもある考え方にもなり得ます。

間違った、いきすぎた期待を恋愛に委ねて人間関係を破綻させてしまうこともあるでしょう。感情は確かに尊重されるものですが、それが全てではないということに気付かなければならないのかもしれません。

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私たちは感情でのみ恋愛をする必要はありません。いつも肉体関係を結ばなくてもいいし、相手のことが分からなくてもいい。相手に変わって欲しいと思ってもいいし、自分が変わりたいと思うのも間違いではありません。

ロマン主義を否定する必要はないですが、誰かと愛し合うには、感情だけではなく理性も計算も必要です。

恋愛は学問ではありません。「こうしなければならない」ということはなく、それはふたりが一緒にひとつずつ学んでいくものです。失敗して、つまらないことでケンカをしながら育んでいくもの。

人を愛するために、柔軟な考え方を身につけていきましょう。

Licensed material used with permission by The School of Life