さくら剛さん著『(推定3000歳の)ゾンビの哲学に救われた僕(底辺)は、クソッタレな世界をもう一度、生きることにした。』(ライツ社)は、青年「ひろ」が、とっつきにくくて分かりにくいイメージのある哲学を、古代ギリシア生まれの「ゾンビ先生」から学んでいく、というエンタメ小説。

授業形式で分かりやすく解説しているので、哲学を身近に感じることができるのが特徴的。

今回は、喫茶店でのふたりの会話をご紹介。

「帰納法と演繹法」
ってなに?

先生:ひろは「三段論法」を知っているか?

 

ひろ:三段? 論法?

 

先生:「1.人間はみな死ぬ」、「2.ソクラテスは人間である」、「3.ゆえにソクラテスは死ぬ」。これが三段論法じゃよ。

 

ひろ:え?ソクラテスが三段論法なのですか?

 

先生:ソクラテスはあくまで例えじゃ。「A=Bであり、なおかつB=Cならば、A=Cである」という思考のことじゃ。「ソクラテスは死ぬかどうか?」という疑問があるとして、そこで「人間は必ず死ぬ」という大前提と「ソクラテスは人間である」という小前提を並べ、そこから「ソクラテスは死ぬ」という結論を導き出す、ということじゃ。三段論法のように頭を使い順序立てて物事を思考する方法を「演繹法(えんえきほう)」と言うのじゃ。デカルトの方法的懐疑も演繹法じゃな。

 

ひろ:方法的懐疑って?

 

先生:疑いようのない心理を第一原理と定め、そこから順番に、一段一段せいろを積むように理論を積み重ねていく考え方じゃ。つまり、方法的懐疑や三段論法、あるいは数学の定理のように、理論を組み立てて考えていく方法を演繹法と呼ぶのじゃな。

 

ひろ:ハッキリしないなぁ、演繹法。

 

先生:演繹法は、帰納法と対比させれば分かりやすくなる。帰納法の概念を学んでから「帰納法じゃないほうが、演繹法」と覚えるとしっくりくるはずじゃ。

 

ひろ:どういうことですか?

 

先生:帰納法とは、西暦1600年前後にイギリスの哲学者ベーコンによって提唱された認識の手法じゃ。演繹法が理論や思考を重んじるのに対し、帰納法では経験こそが全てとみなす。観測や実験など、現実的なデータから共通の法則を見つけようとするのが帰納法じゃ。…ん? 何か例えが欲しそうな顔をしとるのう。

 

ひろ:お願いします!海外ドラマに身内の不幸が必要なように、ひろには例え話が必要なのです。

 

先生:よし分かった。ところで評判を聞いたのじゃがな。ここのクリームソーダは美味しくて有名だそうじゃな。

 

ひろ:え? 確かに美味しいです。搾りたての新鮮な牛乳を使っているし、氷にもこだわりがあるし、間違いなく絶品のメニューですよ!

 

先生:よろしい。「ここの喫茶店のクリームソーダは美味しい」それが事実だとして、結論を導き出すために、それぞれどのようなアプローチをするか考えてみよう。まず演繹法では「この喫茶店は、新鮮な牛乳を使っており、なおかつ氷にもこだわっている。そんなこだわりの食材を組み合わせているのだから、クリームソーダは美味しいに違いない」と理論的に思考を組み立てる。一方、経験によって物事を認識する帰納法では、クリームソーダを飲んだ人に感想を聞き、その回答を集計する。そして「これだけの人が美味しいと言っているのだから、ここのクリームソーダは美味しいに違いない」と結論づけるのじゃ。

 

ひろ:なぁ〜るほど! 確かに違うアプローチですね。

環境によって違う
「道徳」

先生:イギリスの哲学者ロックも、ベーコンと同じく経験のみを信頼する経験論の立場を探り、「人間の心や脳は生まれた時には白紙の状態である」と述べた。その白紙に経験を積み重ねることによって、少しずつ知識や道徳が書き込まれていくのだ、と言ったのじゃ。

 

ひろ:え!? 道徳も経験から学ぶものなのですか!? 知識は分かるけど、さすがに道徳なんていうのは人間なら生まれつき身についているものだって気がするけどなぁ。

 

先生:では聞くが、確かひろは中国に留学経験があると言ったな。中国で暮らしていて、日本との道徳の違いを感じることはなかったか?

 

ひろ:んー道徳と言うか、食事のルールが違いましたね。日本では出された料理を残さないのが礼儀だけど、中国では全部食べると「足りなかった」って意味になるから、逆に残すのが礼儀なんだよね。

 

先生:うむ。礼儀やマナーというのはある種の道徳であるが、まさにおまえが経験したように、道徳の基準だって国によって異なるのじゃ。だとすれば、もし人間が生まれつき道徳の概念を持っておるならば、どの国の人間だって道徳認識は共通なはずじゃろ。

 

ひろ:うーん。確かに赤ん坊や幼児は、食事の時に食べ物を投げ散らかしたりしますもんね。あの子たちに道徳の生得観念は感じられません…。

 

先生:そういうことじゃ。白紙の状態で生まれた赤子は、食事のたびに叱られてあるいは褒められて、経験を重ねる。そうしてその環境ならではの道徳を身につけていくのじゃよ。ひろだって、中国で食事の経験を積むことで、その国の道徳を理解したのじゃろ。

 

ひろ:そうでした。じゃあやっぱり、道徳も経験を通して学んでいくものなのですね。人間は生まれた時には白紙であり、経験せずに身につくものなんて何もない。生まれつきの理性なんて、まやかしだったってことですね!?

 

先生:そのようにベーコンやロックなどの経験論者は主張しておるということじゃ。それをひろは自分で消化し、必ず自分なりの意見を持たねばならんぞ。さて、ひと休みしておかわりでもどうじゃ?

 

ひろ:僕は何にしようかな…。じゃあクリームソーダで!

ソクラテス、ニーチェなど、さまざまな偉人が残した哲学を、現代に溢れるモノや現象に例えて分かりやすく解説した哲学入門書。物語は、主人公と先生の会話形式になっているので「小難しい参考書は苦手」という人にもおすすめの、ライトに読める一冊です。