7月5日の川崎戦で辞任を匂わせる発言をしていた浦和のペトロヴィッチ前監督。すでに退陣を覚悟していたのかもしれない。(C) SOCCER DIGEST

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 ある経験豊富な指導者が言った。
「リスクを負わないことが、時には責任逃れになるものです」
 
 2年前のカナダ・ワールドカップを終えた後だった。なでしこジャパンは、連覇こそ逃したが、粘り抜いて2大会連続の決勝進出を果たしていた。翌年にはリオ五輪も控える状況で、JFAは佐々木則夫監督体制の継続を選択する。一般的には妥当な判断だったと思う。むしろこのタイミングで、これほどの名将を代えれば、批判が殺到したかもしれない。

 
 だが前述の指導者は、佐々木体制の限界を見抜き「代えるべきだった」と明言した。一般のファンとは一線を画すプロならではの慧眼だったと思う。もちろん新体制に移行しても五輪切符が取れた保証はないが、厳しい予選を誰が経験するかで、未来への歩み方が変わってくる。
 
 一方Jリーグで監督交代の判断が水際立っているのは、やはり鹿島だ。クラブ・ワールドカップで決勝進出を果たした石井正忠監督の解任はサプライズだったが、大岩剛新体制への移行で一気に巻き返している。振り返れば、国際的な知名度もクラブへの貢献度も高いトニーニョ・セレーゾから石井体制へのスイッチも同じくサプライズだったわけだが、いずれも解任の噂が立たないうちに迅速な改革を進めてしまった。そこには一切の躊躇がなく、透けて見えるのが常勝クラブならではの「先見性」や「計画性」である。
 
 逆に前代未聞の優柔不断ぶりを晒したのが浦和だった。7月5日、川崎に1-4で完敗した後のミハイロ・ペトロヴィッチ監督の会見は、すでに退陣を覚悟しているかのような内容だった。「前半戦で首位と勝点10ポイント差は、まだ十分に可能性がある。決して下は向いていない」と言いながらも「森保一監督のように3度リーグ制覇をしても辞任をする。過去の結果では生きられない。クラブの上に立つ者は何かを考えなければならないのかもしれない」と語っている。その後はサポーターの前に足を運び「次の新潟戦から連勝できなければ、私がクラブを去る」と告げたそうである。
 セリエAのフィオレンティーナで、 こんな経験をした。クラブハウスの一室でインタビューに答えた監督は、相手がイタリア語で記事を書かないことから警戒心を解き「今、私は本当に危機的な状況に置かれているんだ」と、本音を吐露した。
 
 ところが 次に臨んだ記者会見では、矢継ぎ早に浴びせられる厳しい質問に対し「まったく危機的だとは考えていない」と主張し続けるのだ。結局、数日後に監督は更迭された。監督はクビになる瞬間まで嘘でもファイティングポーズを取り続け、クラブは火種が広がらないうちに手を打った。
 
 しかし浦和では、前監督が1か月間以上も愚痴をこぼし続けた。これは7月15日、ドルトムント戦後のコメントである。
「日本で12シーズン目を迎え、多くの指導者が私のやり方に共感してくれるようになった。だが多くのメディアは、世界的にも稀なアイデアに富んだサッカーを理解してくれない。だから私がここにいるのは、あまり長くないのかもしれない」
 
 サッカー人である監督が、闊達に私見を述べるのは好ましいことだと思う。だがクラブ側は、解任を決める権利を主張するなら、同時に義務の遂行も求めていくべきだ。メディアに対して再三「もうすぐ辞めるかもしれない」と言っている監督の下で、チームが結束して反撃に向かうのは難しい。またそれ以前に、監督自身をサポーターの前に立たせて収拾を図ろうとするようでは、クラブとしての危機管理が体を成していない。
 
 監督交代は応急措置に過ぎない。 大半の病気の根治には、体質改善が不可欠だ。そして屈指の人気クラブが健やかでなければリーグも危うい。
 
文:加部 究(スポーツライター)