女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

違うカテゴリーとなった女ともだちとは、もはや疎遠になっていくしかないのだろうか?




まだ「地雷」も「禁句」もなかった、あの頃


懐かしい笑い声が聞こえた気がして、原口沙耶(はらぐち・さや)は店の奥に目をやった。

昨夜は撮影の立会いがあって遅かったから、今日は午前休をとっている。

出社前に立ち寄ったけやき坂の『ローダーデール』奥のテーブル席で、大学生であろう3人の女の子たちが、何やら楽しくて仕方ないという風に笑い合っているのが見えた。

会話の中心は、沙耶から見て右奥に座る、ボブヘアが可愛らしい女の子。

彼女が身振り手振り大げさに話す言葉に、隣に座る巻き髪の女の子が笑いながら突っ込み、ふたりの正面に座るショートヘアの女性は、そんな2人をにこやかに見守っている様子である。

デジャブのようだ、と沙耶は思った。

ーそう、私たちにもこんな時代があった。

“私たち”というのは、大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香のことである。

少し鼻にかかった高い声で話すボブヘアの彼女は、昔のあゆみにそっくりだ。抑揚の感じや間の取り方まで本当によく似ていて、タイムスリップしたような錯覚に襲われる。

まだ全員が同じラインに立ち、ひたすら恋に悩んでいたあの頃。

「地雷」も「禁句」も存在しなかった時代。

視線の先で彼女らがまた大きな笑い声をあげて、懐かしい残像が現実にすり代わる。

弾ける笑顔が放つ光はあまりに眩しくて、沙耶の心に一筋の影を落とすのだった。


仲良し3人組だった沙耶とあゆみ、そして理香。30代となり、女の友情は複雑化していく。


「ママ」になった女ともだち


「原口、今夜の接待いけるよな?」

13時。オフィスに出社するや否や、リーダーに呼び止められた。

「...え?!」

まるで事前にアポイントがあったかのような言い方だが、今初めて聞いた話だ。しかしこういう時、自由な独身には断る理由がないから困る。

-今日こそは早寝したかった...

小さな願望は、捨て去るしかなさそうだ。観念するように「はい」と答え、今宵も長い夜になるだろう、と覚悟を決める。

沙耶は、大手広告代理店で働いている。

慶應義塾大学経済学部を卒業後、入社してからずっと、営業部門で深夜早朝問わず働き詰めの日々を送ってきた。

華やかな業界であるに違いないが完全なる男社会で、女を言い訳にしていたら務まらない。

それでも辞めようなどと思ったことは一度もないのだから、結局はこの仕事が好きなのだろう。




デスクに座って溜まったメールを処理しながら、沙耶は先ほど『ローダーデール』で見かけた女の子たちのことを思い出していた。

ー私たちも昔は、彼女たちと同じように全員同じカテゴリーに属していた。

1番に抜けたのは、意外にも理香だった。

理香はいちばんキャリア志向が強かったから、27歳という、ようやく仕事が楽しくなってきた時期に結婚の報告と同時に妊娠も知らされた時は、沙耶もあゆみも驚きのあまり一瞬言葉を失った。

外資系ジュエリーブランドに入社し希望通りの広報部に配属されて、その美貌とセンスを存分に発揮していた理香。

しかし「妻」、そして「ママ」となった理香は、拍子抜けするほどあっさり仕事を捨てた。

そしてこの頃から、3人の関係は少しずつ複雑になっていったのだ。



「沙耶には正直に言うけど、理香がいると楽しめないのよね」

ある夜『バー ゴジュウニバン』であゆみがポツリとそう言った時、理香に申し訳ないと思いつつ、大きく頷いてしまう自分がいた。

赤坂にオフィスがある沙耶は六本木、渋谷のIT企業で働くあゆみは当時麻布十番に住んでいたから、平日夜21時からでも22時からでもさくっと気軽に集まることができた。

理香も広尾に住んでいるから近くにはいるのだが、まさか子どもを置いて夜遊びするわけにはいかないだろうし声をかけづらい。

理香を交えて集まろうとすると必然的に週末のランチになるが、そういう健全な場では共有できない楽しみというものがある。

独身の沙耶とあゆみは、子連れランチではできない話こそがしたいのだ。

何も意図的に理香を仲間外れにしているわけではない。ただ自然と沙耶とあゆみだけで集まる機会が増えていったのは仕方のないことだと思う。

女は所属するカテゴリーで、ライフスタイルががらりと変わってしまうから。

集中してメールを打ち返し未読がようやくゼロになった時、デスクに置いたスマホが鳴った。

LINEの差出人は、理香。

まさに懐かしんでいたタイミングで連絡をよこすあたり、長い付き合いのなせる技だわ、などと妙な感心をしながら表示をタップする。

それは、今月30歳となるあゆみの、お誕生日会の案内だった。


「ママ」となり疎遠になってしまった理香。次に「独身」カテゴリーから抜けるのは誰...?


もう昔のようには、笑えない


ー2週間後ー

「あゆみ、お誕生日おめでとう!」

週末のランチタイム、六本木ヒルズの『イルブリオ』。

理香のかけ声に合わせて、そっとシャンパングラスを合わせた。子どもを産んでから飲まなくなった理香だけは、ジンジャエールだけれど。

19歳の時に日吉キャンパスで出会った沙耶たちは、もう10年以上こうしてお互いのお誕生日をお祝いしている。

変わらないのは、本人が主役の時以外はいつも理香がお店を予約し、花束を準備してくれること。

変わったのは、集う場所が渋谷や恵比寿から六本木に移り、自然と高級イタリアンやフレンチレストランに足を運ぶようになったことと、週末のランチタイムに集まるようになったことだ。

今日のお店も、理香が予約をしてくれた。

投資ファンドを経営する10歳年上のご主人とよくディナーで利用しているらしく、スタッフとも顔見知りのようである。




「3人で集まるのなんて、いつぶりかしら」

理香の言葉に、沙耶とあゆみは曖昧に笑う。

「最近、とにかく仕事が忙しくて。担当しているプロモーションがもうすぐひと段落するから、そしたら遅い夏休みをとってハワイで羽をのばしたい」

言い訳をするように早口で近況報告をしたら、隣であゆみが「お疲れ様」と慰めてくれた。

しかし言ってしまってから、この手の話題を理香にしても、もはや共感されないことを思い出す。

独身女にとってはアピールでもなんでもない、ただの近況報告でも、仕事を捨てて母業に徹している理香は違う受け取り方をしかねない。

「...相変わらず大変そうね。毎日、息子とアメリカンクラブのプールで遊んでいる私とは大違いだわ」

ふふ、と理香は上品に笑ったが、沙耶はそこにある棘を見逃せなかった。

いや、もしかしたらこれも理香にとってはただの近況報告なのかもしれない。

しかし、毎日身を粉にして働き、休みがないと嘆いている独身女に対し、自分は平日の真っ昼間に、子連れでアメリカンクラブのプールで遊んでいるなどと言う必要があっただろうか?

...最近は、集まるといつもこうだ。

別カテゴリーとなってしまった女たちは、もう『ローダーデール』の彼女たちのようには無邪気に笑えない。

「ね、私から報告があるのよ」

沈黙を破るようにして、ふいにあゆみが弾む声を出した。

「なぁに?もしかして、おめでたい話?」

身を乗り出すようにして食いつく理香。

一方で沙耶は、えも言われぬ予感に動悸がして、言葉を発することができなかった。

▶NEXT :8月23日 水曜更新予定
あゆみの「報告」とは?さらに複雑化する、女の友情...