歴史に残る激闘だった。第11戦・オーストリアGP最終ラップの最終コーナーで、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)とマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が繰り広げた攻防は、MotoGPの歴史のなかでもおそらく屈指の戦いになった。両選手が持てる技術と執念のすべてをわずか数秒に注ぎ込んだ緊密で白熱した駆け引きは、後年まで長く語り継がれることになるだろう。


ドヴィツィオーゾ(左)とマルケス(右)が壮絶なバトルを展開した

 そのバトルの詳細をどれほど言葉を尽くして説明したところで、文字情報にはしょせん限界というものがある。このような駄文を読むよりも、読者諸兄姉にはまずは映像で彼らの息詰まる戦いを実際にご覧になって、両選手の攻防のすごみを体感することを強くお勧めする。

 以下では、彼らの戦いの一部始終をすでにご存じであることを前提として、話を進めることにする。

 レース中盤頃に6台が連なっていたトップグループは、全28周のラスト5周になると、ドヴィツィオーゾとマルケスの一騎打ちに絞り込まれていた。レッドブルリンク・サーキットは前半区間の3コーナーまで一気に急坂を登り、以降はすべて下り区間、しかも全10コーナーのうち左コーナーはコース中盤の6コーナーと7コーナーだけ(形式的には2コーナーも左コーナーだが、ほぼ直線といっていい形状)という極端なストップ&ゴータイプのレイアウトになっている。

 去年は加速性に勝るドゥカティが圧倒的な優位を築いて勝利したが、今年はマルケスがポールポジションを獲得し、ドヴィツィオーゾは2番グリッド。この段階ですでに、ふたりが歴史的バトルを繰り広げる舞台はできあがっていた。

 先頭グループでふたりは何度かトップの位置を入れ替えながら、やがてドヴィツィオーゾが前でレースは終盤へ向かっていった。前半区間で強烈な加速を見せるドヴィツィオーゾに対し、マルケスは6-7と続く左コーナーで一気に差を詰め、コントロールラインへ戻ってきて登りでふたたびわずかに差が開く、という展開が続いた。最終ラップに入ったときのドヴィツィオーゾとマルケスのタイム差は0.094秒。

「今日の最終ラップではチャンピオンシップのことは忘れて、100パーセントで攻めた」と、マルケスはレース後にこの戦いを振り返っている。

「最後は限界だったけれども、最終ラップで攻めなければ夜に寝つけないと思ったんだ(笑)」

 ドヴィツィオーゾは前半区間でごくわずかながらマルケスを引き離し、5コーナーを立ち上がったときにはマルケスとの距離を0.363秒に広げた。逆に6-7とふたつの左コーナーを立ち上がったとき、マルケスはドヴィツィオーゾとの差を0.054秒に詰めた。

「マルクとの最終ラップは必ず何かが起こる。最終ラップはとても難しかった。ふたつの左コーナーではかなり損をしていたので、オーバーテイクを狙うのは簡単だっただろう」(ドヴィツィオーゾ)

 その警戒感があったからか、「(内側から抜かれないように)インを閉めた結果、差が縮まってしまい、最終コーナーでチャンスを与えてしまった」。

 最終ひとつ前の9コーナーでイン側を閉めたドヴィツィオーゾは、10コーナー進入でマルケスがさらにもう一度仕掛けてくるとは思わなかったという。

「スペースがなかったので、まさか攻めてくるとは思っていなかったけど、エンジン音が聞こえていたのでイン側を開けておくことにした。閉めていれば、当てられて先にゴールされていたかもしれない。だから(マルケスよりも)コーナーを早く立ち上がることにした」

 ドヴィツィオーゾは強烈なハードブレーキングに定評のある選手だ。10コーナーの進入では、フロントがロックしそうな状態でマシンを震わせながら一気に減速した。

 クロスラインの立ち上がり勝負へと瞬時に作戦を切り替えたドヴィツィオーゾに対し、マルケスが無理矢理に近い状態でバイクをねじ込んでくる。マルケスもハードなブレーキングには強い自負を持っている。ドヴィツィオーゾよりも深く突っ込み、素早く立ち上がって先にゴールラインを通過するという狙いでマルケスが仕掛けた勝負は、もはやプライドと執念と意地の領域のものだ。

「マルクはものすごくうまくバイクをとめて素早く立ち上がっていったけど、自分のほうがさらに早く立ち上がれた」

 ふたりのラインが交錯し、立ち上がり加速でドヴィツィオーゾが前に出たとき、ゼブラに乗り上げていたマルケスのバイクは加速でリアがすべり、マシンが大きく揺らいだ。ドヴィツィオーゾにしてみれば、無理な勝負を仕掛けられたために思わずカッとしたのだろう、マルケスの前でゴールラインを通過する直前に手を振り上げてフラストレーションを表した。

 ところがマルケスは、バイクが滑った挙動を確認するためにこのとき背後を振り返ってリアタイヤあたりを確認しており、ドヴィツィオーゾのこの怒りのジェスチャーを見ていない。これはマルケスの意図せざる愛嬌、というべきだろうか。

 ふたりはその後、パルクフェルメで互いの健闘をたたえ合って抱擁を交わした。記者会見の場でも、質問に対する軽妙な回答に声を出して笑い合い、当然ながら、両者の間に何ら遺恨のかけらは見られなかった。

 知恵と意地と技術を尽くした戦いの果てにはわだかまりを一切残さないことも、名勝負が名勝負となるための重要な要素であろう。

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