“オール・タイム・フェイバリット”なものを紹介していただく週替わり連載企画。今週は国分寺にある名曲喫茶「でんえん」、その御年90歳になる店主が登場。生い立ちや終戦、そしてGHQでの仕事について伺った前回につづいて、開店当時からのライフ・ストーリーを語っていただきました。

新井富美子さん

昭和2年(1927年)7月24日生まれ。東京・国分寺にある名曲喫茶「でんえん」オーナー。

多趣味だった亡きご主人

 

 --昭和32年(1957年)に喫茶店をオープンさせてからは、やはりお忙しかったですか?

新井富美子:主人って喫茶店向きの人じゃないですから。人相も悪いしね、本当に(笑)。むしろ学者向きの人でしたから、とてもじゃないけどこういうところに座ってお客さんがいらっしゃるわけないのね。だから新聞広告でウェイトレスを募集したんですよ。それが当たったのね。2、3人の美女がいたので、いつも満員だったんです。

 --その意味では、ご主人には類稀な商才があったんですね。

新井:主人は自分をよく知ってましたから、自分がコーヒー淹れて出しても客は来ないと思ったんでしょうね。 主人は趣味の多い人だったからね、お店はウェイトレスに任せていろいろ出掛けてましたけどね。裸婦とかの写真が好きだったんので、結構撮影に行ってましたね。

 --ヌード写真の撮影ですか?!

新井:そう、ヌード写真とか。本とか骨董品も好きだったし、本当に多趣味な人でした。

 --お店の内装とか佇まいは、開店当時からずっと変わらず?

新井:開店当時から変えてないんです。変える余裕もないし。それでドラマの収録にいらっしゃる方がね、うちは全部セットができてるんですって。俳優さんが座ってくれればもう画になるっておっしゃってね。だから、田村正和さんや松たか子さんのドラマとか、何回か使っていただきました。

絵もあるしランプもあるし、備えたいものは全部ここにありますね。

 --スピーカーも、すごく威厳がありますよね。

新井:業務用ですから大きいですよね。これはアメリカの「Electro-Voice(エレクトロボイス)」というスピーカーです。

主人はすごくこだわる人でしたから、もう50年くらい使ってるんじゃないかしら。持ちますよね。故障しないから。

 --当初から、お母さんもお店に立たれて?

新井:いえ、私は子育てがあったので、あんまりお店には出てなかったんですよ。子どもたちが幼稚園に行くようになってからですね。5歳くらいになってから。

 --とくに思い出に残っているお客さんは?

新井:そうですね。小説家の卵とか、ミュージシャンの卵みたいな人もいらっしゃいましたよね。

俳優の竹中直人さんが学生の頃、国分寺に住んでたんですよ。あの人は大学が多摩美だったんです。卒業なさってからもいらしてくれましたけど。あと、「ゴルゴ13」のさいとう・たかをさんも国分寺に住んでてよくいらしてたの。

 --ここで絵をお描きになったり。

新井:えぇ、お描きになったりして。村上春樹さんも国分寺に住んでたのよ。

 --ジャズ喫茶をやってらっしゃったんですよね。

新井:ええ。私も一度くらいはお目に掛かったと思います。でも、すぐにお辞めになって作家活動に入ったんじゃないかしら。

世界でベストな国は?

 

 --ちなみに、お店を継がれる方はいらっしゃるんでしょうか?

新井:おりません。子どもたちはこういう商売は苦手なんですよ。好きだったらやってもらいますけどね。息子は普通の会社に行ってるんですけど、娘はアメリカの航空会社に行ってるの。もう30年くらい勤めてて。アメリカへ行ったり来たりしてるんです。

 --何かとアメリカとは縁がありますね。

新井:そうなんですね。決して良い国じゃないけどね(笑)。 まぁ世界一のブルジョアな国だから、どうしてもそうなっちゃうのね。良し悪しは別にしてもね。

娘はもう30年勤めてますけど、就職試験は本当に大変な試験だったと思うんですよね。私がいつもここで働いてて、どこへも行かないで店と家を往復しているのを見て、「ママ、私が受かったら世界中連れて行くからね」って。それが実現したんですよ。それで結構方々行かせていただきました。

 --親孝行な娘さんですね。どこが一番印象に残ってますか?

新井:やっぱりニューヨークが一番良いですね。タイムズスクエアとか、びっくりしちゃいました。もっとヨーロッパとか静かないいところはいっぱいありますけど。でも、本当のことを言うと、日本が一番良いですよ。世界のどこよりも、日本が一番。ここは楽園ですよ(笑)。

 --どういったところが良いと思いますか?

新井:食べ物は良いし、人は良いし、気候は良いし。「Best Country in the World!」ですよ。世界でいちばん良い国。だからもうどこへも行きたくないですね。

店内BGM:ナルシソ・イエペス / アランブラ宮殿の思い出

スペインのギタリスト、ナルシソ・イエペスの演奏集。通常の6弦ギターより音域の広い“10弦ギター”を開発し、叙情的かつ雄弁な演奏で世界的人気を博した。お客様からのリクエストで流れていて、店主としては特に思い入れはないとのこと(苦笑)。 

 

(次回につづきます。前回はこちら)

※本記事では、一部誤りがあったため訂正を加えております(2017/08/16 22:45)

photographs by Akihiro Okumura(TABI LABO)