「柔道が強くなりたい」と1970年にアメリカから来日し、同志社大学柔道部の客員部員になったチャック・ウイルソンさん。

 1983年、『世界まるごとHOWマッチ』(TBS系)への出演。その理由は「共同経営していたスポーツセンターの宣伝になればいいや、くらいの気持ちでした」。

 大橋巨泉氏との掛け合いが人気になり、チャックさんも一躍人気者に。

「腹が立つこともあったけど、有名になったから運動の本も出せたし、身体障害者向けのチャリティもできたからね。そうそう、車椅子の女性の『イチゴ狩りをしたい』という夢をかなえるため、プロレスラーの藤原喜明組長たちと、車椅子が通れるように徹夜でイチゴの畝を広げるという番組にも出演して。これは思い出しただけでも泣けてくるね」

 バブルの崩壊もあり、1990年にスポーツセンターが倒産。

「芸能の仕事も少なくなり、健康機器の営業などの仕事でなんとか食いつなぎました」

 この先も日本に暮らすつもりだ。

「いまは、健康カウンセリングやパーソナルトレーニングのほか、病院内のフィットネス施設づくりのお手伝い、トレーナーを目指す人に向けた研修もおこなっています」
(週刊FLASH 2017年8月15日号)