高井戸警察署TOPページより

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 またか……と思った人も、多いのではないだろうか。

 警視庁高井戸署で、万引き事件の取り調べをしていた警察官が、否認している男子中学生2人に対し、黙秘権の告知もせず、「高校に行かせねえ」「否認すれば間違いなく牢屋に入れるんだぞお前」などと怒鳴りつけて自白を迫ったことが発覚。東京弁護士会が、人権侵害として同署に警告した。警視庁も謝罪し、取り調べを行った警察官2人を処分したというが、録音がなければ、果たしてどうなっただろうか……。

●繰り返されてきた自白の強要

 この中学生2人は、万引きの現行犯で捕まった別の少年が、「同級生2人に万引きをするよう強要された」として名前を挙げたため、事情聴取を受けることになった。少年の1人が、母親の勧めでICレコーダーをしのばせ、録音した。

 公開された録音からは、関与を否定する中学生に警察官がいらだち、怒鳴り散らす様がうかがえる。

「お前、(他の少年に)窃盗罪を負わせといて、ぬくぬくできると思ったら大間違いだぞ、てめぇらこそ地獄を見せてやるよ、あぁ〜」
「遊び半分でやったか知らないけど、てめぇらがやったことは、既に立派な犯罪行為だ。だから警察に呼んでんだぞ、お前。わけのわからないこと言ってんじゃないよ、いつまでも、このやろう。わかったか!」
「俺を怒らせんじゃねえよ。この野郎いつまでも」
「もう二度としません、許してくださいと言わない限り、高校行けねえから。いいな」

 罵倒の合間に、机を叩くような「バン!」という音も入っていた。

 この中学生は、2時間の取り調べの間に否認から自白に転じたが、その後、父親に「やってない」と打ち明けた、という。捜査の結果でも、中学生らが万引きした事実は確認できなかった。

 これまでにも、警察が取り調べ中に相手を威嚇したり、罵倒し、自白を強要する状況は、被疑者とされた人たちの録音によって明らかにされてきた。

 2010年10月には、大阪府警東署で横領罪で任意取り調べ中の男性に対し、警察官が「お前、警察なめたらあかんぞ、お前」「殴るぞ、お前」「手ださへん思たら大まちがいやぞ、こらぁあ」などとヤクザもかくやの巻き舌で威嚇する様が、男性の録音で明らかになった。

 2013年9月には、知人男性を殴ったとして70代の男性(その後、無罪が確定)を取り調べた大阪府警西堺署の署員が、やはり威嚇的言動で自白を迫り、男性が元教師であることを前提に「あんた、どうやって物事を教えてきたんや、人に」などと侮蔑的な態度もとった。これも男性の録音で明らかになった。

 また、2012年には遠隔操作ウイルス事件で、警視庁、神奈川県警、大阪府警、三重県警が相次いで無実の人を誤認逮捕。それぞれの警察が誤った経緯を検証した報告書を発表した。この4件のうち、警視庁と神奈川県警では、誤認逮捕にとどまらず、虚偽の自白にまで追い込んでいた。

 警視庁の報告書では、冤罪が生まれた原因を、被疑者とされた男性が、同居の女性をかばうために虚偽の自白をし、それを警察が見抜けなかったためとしている。あたかも、被疑者が自発的に虚偽を申し立てたかのような内容で、虚偽の自白を引き出した捜査員の取り調べのあり方については、検証も反省もなされていない。

 神奈川県警の事件での冤罪被害者は、少年(19歳の大学生)だった。神奈川県警の検証は、発表される前に公安委員会に7回に渡る報告がなされ、その都度「様々な指導や指摘」があったとのことで、少年に対して両親立ち会いで再聴取を行うなど、警視庁のものよりは中身のあるものとなっている。その結果を踏まえ、再発防止策として、「少年の特性に十分配慮し、虚偽自白を生まない取調べに関する指導・教養の徹底を図る」などとする本部長通達を出した。

●録音がなければ違法と認めない裁判所

 今回の高井戸署の2警察官の取り調べ中の発言を聞くと、こうした過去のケース、他警察の事例などから、全く学んでいないことが明らかだ。

 それは、今回処分を受けた高井戸署の警察官2人だけではなく、過去の教訓を共有化し、それを生かそうとしない、警察組織の問題であり、幹部の姿勢の問題でもあるだろう。

 このような威圧的な取り調べが、虚偽の自白を生み、冤罪を招く。それを避けようと、殺人など裁判員裁判対象の重大事件では、取り調べの全過程の録音録画を義務付ける法改正がなされ、2019年6月までに施行されることになっている。

 警察は、裁判員裁判対象事件について、2009年度に録音録画の試行を開始。同年度に実施されたのは対象事件の8.9%のみで、しかも1件当たり平均1回、わずか14分間の録音録画に留まっていたのが、その後急速に増えた。昨年10月からは、法施行を前提にした新たな試行段階に入り、今年3月までの6カ月間に、対象の93.8%の事件で、1件につき平均13.2回(25時間9分)の取り調べで録音録画が行われた。

 個々の事件で冤罪を防止するだけでなく、このように取り調べの可視化が当たり前になることで、無理な取り調べで自白をもぎ取る“文化”が変わっていくことが期待されている。しかしこうした「可視化効果」は、今回の高井戸署のケースを見ると、万引きなど殺人などに比べて軽微な、日常的な犯罪の捜査には、全く及んでいないようだ。

 今回は、不幸中の幸いで、少年たちに誤った保護処分などはなされていないが、こうした取り調べが横行したままでは、今後も冤罪が生まれるリスクは減らない。

 早急に次の事柄がなされるべきだろう。

1)今回の事件を含め、今までの問題事例を踏まえた研修を行うこと

2)すべての取り調べの録音の義務付けを行うこと。特に防御力が弱く、威圧的な取り調べに屈しやすい少年の取り調べの場合は、それを急ぐ必要がある

3)すべての取り調べの録音が実現するまで、被疑者や参考人が自分の取り調べを録音することを妨げてはならないと決めること

 すべての事件で録画まで義務付けると、機材の準備などに時間と多額の費用がかかるが、録音だけであれば、ICレコーダーを全警察官に配ればよい。都道府県の警察官は合わせて26万人弱。県ごとにまとめ買いすれば、価格も相当に安くなるだろう。仮に1台2,000円としても、52億円。これで冤罪のリスクが大幅に減るのなら、安いものではないか。

 裁判で、取り調べの問題を訴えても、多くの場合、捜査機関はそれを認めない。捜査機関が否認すると、裁判所は録音などの証拠がない限り、なかなか訴えを認めない。大阪府警西堺署のケースは、男性は刑事裁判で無罪になったものの、その後起こした民事裁判で、裁判所が違法と認めたのは録音されていた日の取り調べだけ。録音を録っていなかった日については、無理な取り調べを認めなかった。

 そうであれば、取り調べを受ける側が自ら録音する“自己可視化”で、無理な取り調べによる冤罪から身を守るしかないではないか。

●警察に疑われただけで犯人視する風潮

 しかし、捜査機関は庁舎管理権をタテに、取り調べを受ける者の録音を認めない。事前に、録音機の所持を確かめたり、所持品を預けさせるなど、取り調べの録音をさせまいとする。

 警察や検察庁の庁舎内を外部の者がむやみにビデオ撮影するような行為は、そこを訪れるさまざまな人や書類が映り込んでしまう可能性があるので、庁舎管理権で禁じることは理解できる。しかし、取調室の中でのやりとりを録音する行為を、庁舎管理権で縛るのはおかしいのではないか。

 正直な人にとっては、録音機の所持を問われて「持っていない」と嘘を言うのも苦痛だろう。また、適正な取り調べをしている警察官にとっては、後から「威圧的な追及を受けた」などと、被告や弁護人からありもしない非難を受けるのも心外なはずだ。そういうまっとうな人々を守るために、きちんと録音ができるような状況を作ることだ。

 この点は国会や都道府県議会でもっと議論してもらいたい。議会で“自己可視化”を妨害させないための決議を挙げる、あるいは録音についてのルールを決める、というのも1つの方法ではないか。

 もう1つ、今回の一件で憂慮するのは、中学生の少年に対してこれだけの恫喝が行われたにも拘わらず、警察のやり方に「理解」を示す声が少なくないことだ。

 公表された事実から推測するに、万引きの現場を押さえられた少年が、自らの責任を軽くしようとして、万引きは強要されたものと虚偽を告げ、関係のない同級生2人の名前を出した可能性がある。そうであれば、典型的な巻き込み型冤罪と言えよう。

 にもかかわらず、ネット上では、取り調べを受けた2人を、万引きを強要したと決めつけ、非難する声が一時あふれていた。

 Yahoo!ニュースでは、その後コメント欄の著しく不適切な発言は削除されたようだが、それでも少年がICレコーダーを持ち込んだことについて、

「悪知恵の発達した中学生だこと」
「少年が手慣れている証拠なのになぜ気付かず擁護するんだ? 何とかして警察のあげあしをとり、罪を免れようとするのがみえみえじゃないか」

 などと非難するコメントは残っている。Twitterでも、警察を批判するツイートに混じって、

「同級生に万引きを強要した加害者が、なに被害者面してんだ?」
「万引きしてるかもしれない中学生に別にあれくらい言ってもいいやろ。親も警察官怒る前に自分の息子怒れよ…。」
「悪ガキをあんなふうに叱ってくれるのは、むしろ優しいおまわりさんじゃないかと思う」
「万引きを強要された少年のことは考えないんですか? 関与が認められないのは、ただ証拠がないからだと思います」

といったツイートをいくつも目にした。

 これが世論の多数派だとは思わないが、警察に疑われただけで犯人視する風潮は、依然強いのではないか。これまでの、たくさんの冤罪事件から学んでいないのは、市民も同様かもしれない。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)