「がん」になっても妊娠・出産をあきらめたくない!(depositphotos.com)

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 がん患者への抗がん剤による化学療法は妊孕性(妊娠のしやすさ)を低下させる。がんにより妊娠が難しくなる患者を支援するため、2016年4月に「医療法人社団レディースクリニック京野」が、治療前に卵巣を凍結して保存しておく「HOPE(日本卵巣組織凍結保存センター)」を設立すると発表した――。京野アートクリニック高輪の院長である京野廣一医師に卵巣凍結の仕組みについて訊いた。

受精卵凍結と比較した場合の卵巣凍結のメリット

 生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)は体外受精・胚移植(IVF-ET)、顕微授精、凍結胚・融解移植などの高度な生殖医療だ。一般の不妊治療に比べて妊娠率が高く、現在の不妊治療のなかでは非常に重要となっている。

 1991年に生殖補助医療で生まれた赤ちゃんは1200人、全体の0.03%、320人に一人という割合だったが、2011年には32426人、32人に一人の割合となっている。(LOVE & LIFE STATIONより)

 京野アートクリニック高輪ではさらに進んだ卵巣凍結法が可能だ。これは、がんなどの治療で卵巣の機能が低下する可能性の高い患者に対して、治療前に片側卵巣の一部もしくはすべてを摘出し凍結保存する手法だ。がんなどの治療が終わった後に保存しておいた卵巣を融解し元の体内に戻し卵巣機能を再度回復させることで、妊孕性を温存できるのだ。

受精卵凍結と比較した場合の卵巣凍結のメリット

――卵子凍結や受精卵凍結と比較した場合の、卵巣凍結についてのメリットを教えてください。

京野:まず、採取できる卵子の数が多いという点ですね。卵巣凍結の場合、卵巣組織の中にたくさんの卵子が含まれていますから。また、卵子を採取する場合患者さんが排卵できる年齢にならないと採取できませんが、卵巣でしたら乳児からでも採取が可能です。

 あとは期間の短さですね。卵巣凍結は3日あれば摘出できますが、卵子や受精卵の場合、卵巣を刺激する必要があり、2週間程度かかってしまいます。

――卵巣凍結は「がんなどの化学療法による妊孕性低下を守るために」選択されるものであり「疾病はないが、将来妊娠したいので若いうちに卵巣を保存しておく」という目的では認められていないのですよね。

京野:原則的にはそうです。ただ、デンマークでは若い時に自分の卵巣の一部をとっておき、閉経する直前の年齢で移植しなおす構想が提案されています。

 骨粗鬆症とか心臓疾患などは年齢を重ねると発症しやすくなり、対策として卵胞ホルモン(エストロゲン)の補充療法がありますが、自分の卵巣を移植すれば自然なホルモンが分泌されますので、医療費削減、予防につながっていくという意見はありますね。

 卵巣凍結によってこれまで世界で95人、日本では2人の患者さんから赤ちゃんが生まれていますが、日本の場合はがん患者さんではなく、卵巣機能不全(POI)の患者さんでした。

――卵巣凍結の対象となる疾病はがんだけはないのですか?

京野:卵巣凍結を実施できる医療機関は全国に31あるとされており、それぞれの施設の倫理委員会によって異なります。治療によって卵巣がダメージを受ける疾患について、たとえば膠原病などを対象にしている施設などもあります。

卵巣凍結が向いている疾病、向いていない疾病とは

――乳がんの治療での妊孕性の温存という話をよく聞きますが、がんの種類によって、卵巣凍結が向いているものとそうでないものがあるのでしょうか?

京野:一般的には乳がんの治療における妊孕性の温存がよく話題になりますが、必ずしもそうとも言えません。乳がんは年間約9万人の方が罹患します。その中で40歳未満の方は5%しかいません。この4500人の方のうち、ネオアジュバント(術前補助化学療法)をしなくてはいけない方は200人くらい。ですから、乳がんにおいて卵巣凍結の適用になる方はとても少ないというのがまずあります。

 また、乳がんは診断をしてから化学療法をするまでの期間が8週くらいあります。2週間あれば採卵できますので、卵子もしくは受精卵の凍結ができます。また、乳がんは卵巣に転移する確率が高いために、乳がんの場合は卵巣凍結よりも卵子凍結、受精卵凍結の方が理想的です。

――では「卵巣凍結が向いているがん」もあるのでしょうか。

京野:悪性リンパ腫や小児がんですね。また、白血病は卵巣への転移のリスクが高いと言われていましたが、最近の研究では化学療法をある程度行ったあとなら転移のリスクが低くなるという論文がいくつか出ており、イスラエルでは白血病の患者の方が卵巣凍結してその後妊娠、出産に至ったというケースもあります。

 海外の研究では、重症子宮内膜症や全身性エリテマトーデス(SLE)などの良性の疾患での成果もあり、今後の研究次第で、卵巣凍結の適用の範囲は変わっていくでしょう。

――現時点では卵巣凍結が適用される患者の数は、大体国内で年間にどのくらいいるのでしょうか?

京野:結婚する年齢などにもよりますが、一般的に2年以内には8割程度は妊娠されます。残りの2割ぐらいの方が不妊治療に入ってきます。その中でタイミング法や薬物療法なども行い、さらに人工授精、体外受精などの治療法が選択されます。卵巣凍結が適用となるのは現時点ですと、年間で多くても400人くらいでしょう。

 ただ、治療の選択肢としてあるということをもっと知っていただきたいと思いますし、産婦人科や腫瘍内科、小児科の先生などともっと連携していければと考えています。
(取材・文=石徹白 未亜)

京野廣一(きょうの・こういち)
福島県立医科大学卒、東北大学医学部産科婦人科学教室入局し、1983年、チームの一員として日本初の体外受精による妊娠出産に成功。1995年7月にレディースクリニック京野(大崎市)、2007年3月に京野アートクリニック(仙台市)、2012年10月に京野アートクリニック高輪(東京都港区)を開院。

日本産科婦人科学会 専門医、母体保護法指定医師、日本生殖医学会生殖医療専門医
東邦大学医学部産科婦人科学客員教授、日本IVF学会顧問、日本生殖医療心理カウンセリング学会顧問、日本不妊カウンセリング学会評議員など