新専門医制度は来年度から始まるのだろうか。反対を表明する文章や署名が多数提出されるなか、8月2日に塩崎恭久前厚労大臣は談話を発表、地域医療や専攻医のキャリアプランへの悪影響に対する懸念を表明した。

 しかしそのわずか2日後、専門医機構は2018年度からの制度開始を宣言した。地域医療に問題が出た場合には対応するので問題はないという理屈のようだ。

 これまでにも専門医を認定する制度は存在した。今回は国民に分かりやすく専門医の質を担保した制度にするため、制度改革が行われることになった。

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見切り発車の新専門医制度

 しかし大学病院を主とする大規模施設に所属しなければ、専門医取得ができないことになるため、地域医療の崩壊や自由なキャリア形成・女性医師のキャリアアップの阻害などの悪影響が予想されている。

 そもそも、何のための制度変更なのかがいまだ具体的に示されていない。全員に1つの型の研修を課す時点で、それは誰にとってもベストな研修ではなくなる。

 専門医資格は、専門医機構が認定するプログラムを修了し、登録料を収めたことは証明できても、専門医の能力は証明できない。

 専門医の人数取得が研修施設となるための基準に組み込まれている場合があるにしても、診療報酬は非専門医と同じであり、専門医取得の明確なメリットが具体的に示されていない。

 しかも、診療科によっては専門医の資格を取得してもほとんど役に立たない場合がある。そうなると専門医という資格は有料で楽しむゲームに等しい。

 決まった場所で修行を積み、学会のスタンプラリーポイントを獲得することで、ボスと対戦するための扉が開く。対戦で合格すればクリアだ。若手は、自分のやりたいことの邪魔にならないのであれば取ればいいし、邪魔になるなら取らなければいい。

 医療の質のボトムアップを目指すなら、専門医更新の際に基本知識をきちんとアップデートできるようサポートするのが一番効率的だ。

 医学の常識は数年で変わってしまうことがよくある。その場合、初期研修レベルの基本的知識であっても、一度研修を終えた医師がアップデートするのは容易ではない。

 特に大病院を離れて勤務し始めるとなかなか情報が入らず、若い時に身につけた知識とやり方を変えずに診療を続ける場合も多い。

eラーニングで事足りる

 専門医機構は、一握りの高度技能者ではなく、大多数の医師を専門医認定することを想定している。であればむしろ、専門医の質の議論で実際に問題となるのは、非常に専門的な事柄ではなくこういった基本事項なのではないだろうか。

 重箱の隅をつつくような専門医試験を作ったり、稀な症例の経験を課す必要はないはずである。また、ベテラン医師に病院をあけさせて、学会のスタンプ集めに奔走させればただでさえ忙しい医療現場は悲鳴を上げる。

 一般企業ではすでに広く普及している「eラーニング」を課せば事足りるのではないだろうか。毎年、ごく基本的なレクチャースライドを作成してインターネットで閲覧してもらい、最後に◯×クイズでもつける程度の研修で十分だと思われる。

 そうすれば外来や手術を止める必要がなく、非常に低いコストで日本全国の医師のレベルアップができる。

 新専門医制度を巡る議論に関して私は以前から何か腑に落ちない、モヤモヤしたものを感じていた。それは何だろうかと考えていて思い出したことがある。

 もう10年近く前になるが、初期研修の募集定員に都道府県別の上限設定をするという話が持ち上がった。当時学生だった私は活発な反対運動をしていた。

 大学の教務課には、他大学の先生からお叱りの手紙が届いたり、逆に激励してくれる手紙が来たりしていた。

 ある時、大学の教育担当の先生に呼び出された。これは怒られるに違いないと思って出向いたら、「まあそこに座ってコーヒーでも飲みなさい」と言われ、大学病院の研修医教育における役割について議論を交わすことになった。

 そこで先生が最終的に言ってくれた言葉を私は今でも忘れない。

 「個人的には大学病院が初期研修医教育に向いているとは思わない。しかし、大学病院には人手が必要だ」

旧日本軍が招いた災禍

 その時の経験と同じことなのか――。そう考えたら奥歯に挟まっていた物が急に取れた気がした。新専門医制度によって本当に専門医の質が向上すると思っている医師は少ない。しかし、この流れに逆らっても短期的なメリットはほとんどなく、むしろ身に降りかかるリスクが高まる。

 「忙しいなか頑張って準備を進めてきた。研修医だって制度が決まらず宙に浮いているのが一番困る。どうせ始めるなら早くやってほしい」

 「ごちゃごちゃ議論が長引くうちに借金が増える。後戻りできないのだからとにかくやるべきだ」

 こういう意見が医師の間から出るのも理解できる。でも、それを「専門医の質」などという聞こえのいい理由でごまかすから、本当の議論ができなくなる。

 早く制度を始めることが部分最適であるのは理解できる。しかし、何かを犠牲にしない改革なんてあり得ない。予想されるデメリットが議論されていないということは、その改革にそれだけの犠牲を払う価値があるかが議論されていないということでもある。

 「結果よりもプロセスや動機を評価し」「組織内の融和と調和を優先させ、軍事的合理性をこれに従属させた」日本軍は、72年前にどうなったか、この8月にもう一度思い出してほしいものである。

参考:『失敗の本質』戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎

筆者:森田 麻里子