江戸時代は我が子を「奉公人」にさせたい親多し。奉公人にはどんな生活が待っていた?

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奉公人を目指して稽古に励む子どもたち

町人の仕事の一つに、奉公人[ほうこうにん](武家屋敷に奉公する武家奉公人と商家に奉公する商家奉公人)がありました。娘を武家奉公にだして良縁をつかませたいと考える町人の親が多かったようですね。いわゆる、玉の輿というやつですね。ただし、誰でも武家奉公人になれるわけではなく、唄や三味線の能力も必要とされたので、小さいうちから遊芸の師匠の元に稽古に通う子どもが多かったのです。

一方、商家への奉公人は男性が多く、店に立つ奉公人とは別に料理をつくる台所奉公人もいました。江戸の町にいる奉公人には、伊勢商人と近江商人が多く、伊勢や近江出身の者が10代前半で上京して奉公することが多かったようです。とはいえ、いったん奉公人になれたとしても、病気になったり仕事に向いていないとみなされると、解雇され国元へ返されることもあったので、なかなか厳しい世界なのです。

奉公人の生活って?

例えば商家奉公人になると、奉公人の生活はどんな感じなのでしょう?

早起きして、店の前の掃除やら商品の整頓やら、自分の担当の仕事をして開店準備に臨みます。そして、お客さんのご用聞きに励み、閉店後は整理整頓や商品のチェック。不足するものがあれば、奉公人全員で手分けして夜遅くまで探します。ようやく戸締りして就寝と、お店のために走り回る日々なのですね。仕事がある日は、昼も夜も外出禁止。金銀を所持するのも禁止。

休みは、月1回か2回はあったようです。毎週休みなんて、夢のまた夢なのですね。そのほか、正月16日と7月16日は奉公人の休日とされ、この日に田舎に帰る奉公人は多かったそう。遊行街で羽を伸ばす奉公人も、多かったとか。

一年の始まりである元旦は主人に挨拶し、祝膳がでます。そして翌日の2日から、いよいよ年始回りがスタート!3月5日は、1年契約の奉公人の更新日、6月15日には山王祭があるので、前日の午後から準備をしなければいけません。12月13日は、江戸城下がすべて大掃除の日で、この日は夜お酒が出され、早寝も許され許されました。そして、12月30日は最終精算日で、奉公人は取り立てで走り回る一日。

武家奉公人も商家奉公人も、なったら安泰というわけではなく、なってからが大変。それでも、我が子を奉公人にしたいと思う親は多く、職業として根強い人気があったのです。

参考文献:大江戸暮らし