「えぇっ!? これから行くんですか? 車庫って、まさかあそこの!?」
 京浜東北線の蒲田から分岐して延びる引き込み線。そのレール沿いの道にある小さな呑み屋の主人が、目を丸くして、酔狂な客に念を押す。
 恥ずかしげもなく、松本清張気取り。
 ブルーの灯りがちょっと不思議な雰囲気のそのバーの窓から、レールのきしみ音を響かせてゆっくりと車両基地へと行く、青いラインの京浜東北線の回送電車が見えている。
 この店に入る前、電車に乗って、街を歩き、ふたつの物語に出会った。
 きょう一日の最後は、ちょっとお酒の勢いを借りて、勘違いと妄想をいっぱいにして、あの長編小説の冒頭の舞台に立とうという筋書きだった。

池上線、桜坂、砂の器、三つの舞台

 夕暮れどき、独特の起動音で動き出す東急1000系に揺られて雪が谷大塚へ。大正時代、日蓮宗・池上本門寺への参詣客輸送のために、池上電気鉄道という会社が敷いたレールの上を行く。雪が谷大塚の駅前で、ここから分岐して奥沢を目指した線路の跡を想像する。
 池上電鉄が敷いた、新奥沢線。これが、きょう最初に出会う物語だ。
 かつて存在した、わずか2キロ弱の新奥沢線のレールは、その先、大田区から20キロ以上も北西の国分寺市へ向けてレールを延ばす計画があった!
 ところが池上電鉄が、のちの東急電鉄となる目黒蒲田電鉄に吸収されると、この計画は消滅。さらには新奥沢線も廃止へと追いやられてしまう。
 この小さな路線のはかなさを想いながら、雪が谷大塚から多摩川線の沼部へ。徒歩20分で、着いちゃう距離だ。
 池上線と多摩川線の線路が隣り合う格好は、かつて互いに競合する他社路線の関係だったことを物語っている。
 この、雪が谷大塚と沼部を結ぶ道に、福山雅治の唄に描かれた「桜坂」がある。アップダウンの道の両脇に立つ桜の木が、緑のトンネルをつくっている。
 そう。ふたつめは、ここで、名曲の誕生秘話を、歩いて感じること。

上空、地上、地下、三方に躍動感

 沼部から乗った電車が、終点・蒲田駅に滑り込む手前で、頭上にファンタジックな乗り物を発見してしまった。
 蒲田の駅ビルの屋上に、観覧車!
 オヤジひとり、無理を承知でゴンドラの中の人になる。と、これがまた子どものころに感じた「うわっ、すげええええ!」がいっぱい体感できる。
 先ほど乗った池上・多摩川線の電車や、JRの東海道線などが一望できて、ひとり屋上で大はしゃぎ。
 上空から見下ろす蒲田もドキドキするけど、地下には、さらにワクワクする計画が埋まっている…!?
 通称、「大田区東西鉄道・蒲蒲線」だ。
 蒲田駅を中心に、東急多摩川線や京急空港線の一部を地下化・新設し、スムーズな接続をはかるという構想だ。
「できたら、これまたすげえええ」
 地平で動くJR・東急の動脈を見下ろし、地下で躍動する計画に、酔う。
 蒲田から雪が谷大塚、沼部からまた蒲田へと戻り、日も暮れたころ、冒頭のバーへと飛び込んだ、ってワケだ。
 ちょっと酔ったのか、4席しかないカウンターで、松本清張「砂の器」の冒頭シーンを想像し、心拍数、上昇。

『国鉄蒲田駅の近くの横丁だった。間口の狭いトリスバーが一軒』

 小説はこう始まる。そして、この物語が動き出す、あの殺人事件の現場に真夜中に行ってみたい、となった。
『場末のバー』を出て、蒲田電車区のまわりを歩く。白色灯で浮かび上がる京浜東北線の電車の大群が、不気味。この車両基地で、事件はひとつも起きていなかった。終電を逃すという、もっと重大な問題が発生していたけど。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2012年8・9月号(合併号)に掲載された第5回の内容です。今回、文章末尾の一部を修正しています。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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