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もくじ

前編
ーフィアット500の誕生を祝って
ー力は5倍 車重は2倍 全長は30%増
ー激しいアップダウン 体感する500
ーいいところ 気になるところ
ーアップルクロス峠 心打たれる

後編
ー湾から城 それから橋へすすむ
ージョン・レノンの「あの場所」へ
ー世界で一番短い通りを抜ける
ー人類の歴史にと歩んできたクルマ

湾から城 それから橋へすすむ

翌朝、グルイナード湾の美しい朝日に西海岸の柔らかな砂が照らされ、海が青く輝き始める。にわか雨が目の前を横切っていく。

ヘリブディタン行きのフェリーのせいで道路が少し混んでいたが、ロッテルダムのA835号線は静かで快適だった。

高速カーブの間の直線で、ギアチェンジをして追い越しをかける。現代のパフォーマンスカーが持っている程のパワーが無くても大丈夫。

われわれはアードレック城とカルダ城の遺跡を通り過ぎた。どちらも数世紀前の繁栄の印とも言える美しいものだが、その平和は長く続かなかった。カイルズク橋で休憩をとる。

自然と融合するようなコンクリート造の橋で、1984年に開通するまでは160kmも迂回して走るか、フェリーを利用していた。

ほとんど勾配のないディオナード川に沿って進み、海風の強いダーネス村に入ると、24時間営業のガソリンスタンドを見つけた。この地方を訪れる場合、ここでガソリンタンクを満たしておく方が賢明だ。

ジョン・レノンの「あの場所」へ

給油を済ませてたどり着いたダーネスはビーチに囲まれたひっそりとした避暑地だ。

ジョン・レノンは1969年にここで休暇していた際、彼のオースティン・マキシで事故を起こした。旧モデルのフィアット・ヌォーヴァ500と同じ、冷戦時代のクルマだ。今この街にいると、その不吉な過去を想像するのは難しい。

やがて砂っぽい道に入る。今度はエリボール湖に面した英国海軍の基地がある。

6100rpmのリミッターに当てながら、今日の宿泊地、トングにあるホテルを目指して走る。ハード・ブレーキングでリアのドラムブレーキが激しく上下するが、不安はない。

この3日間で、雄大なランドスケープに囲まれた最高の道を走ってきたが、スコットランド北部のインバネスへ戻る旅は、それでも楽しみだ。

われわれのフィアット500はかつての有名なホテルの前にたどり着いた。

世界で一番短い通りを抜ける

1926年のモンテカルロ・ラリーのスタート地点のひとつで、ここからスタートした6気筒のACに乗ったビクターブルースは、イギリス初の優勝者となった。

ウィックでは、世界で一番短いエベネザー・プレイス通りにも立ち寄った。小さなフィアット500ですらはみ出てしまうほど幅が狭い、通りの長さはフィアット500の全幅より17cm長いだけだ。

続いてゴルスピでサザーランドの壮大なダンロビン城を訪れた。189の部屋と専用の鉄道駅を持ち、ドーノック湾を望む英国庭園のある圧倒的な光景だ。

この城にインスパイアされ、RACの初代代表は毎年8月にここを起点とするビンテージカーのラリーを始めたほどだ。

オレゴン州のインヴァネス空港に着く前に、オドメーターは約800kmを刻んでいた。そこでカメラマンのルークと別れた。

そこから更にわたしがエジンバラに戻るまで、3日間で約1600kmを走行した。

人類の歴史にと歩んできたクルマ

このクルマでの大自然の旅はとても良いものだった。

着座位置が高めで、微妙に傾いたずんぐりとしたシートや、オプションの大型ホイールが発するノイズはマイナスポイント。

もっと自然な感覚のステアリングなら、ツイスティな道をより十分に楽しむことができただろう。

しかし、フィアット500の持つ広々とした室内と控えめなパワーが持つ楽しさはそれを上回っていた。

ゆったりとした乗り心地に包まれて、交通量の少ないマジックアワーのドライブは、深く思い出に刻まれるものだった。

確かに、フィアット500はパワーよりも車重の方が優っていたが、長く寄り添った家族との思い出のように、それを上回る記憶が残った。