笑顔をつくって接客することの暗い一面とは

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著:Milda Perminiene(イースト・ロンドン大学 Senior lecturer in occupational psychology)

 数日前、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館を歩いていたとき、2つの像を目にするなり心を奪われた。そこにあったのは「泣く哲学者、笑う哲学者」と呼ばれる古代ギリシアの思想家、ヘラクレイトスとデモクリトスの像だった。ヘラクレイトスはメランコリックで悲しげであることで知られ、デモクリトスは表向きいつも明るい人物として知られていた。

 人間は、今もそして今までも、他人の感情表現を非常に敏感に感じ取る生き物だ。当然、我々は悲しげだったり、無表情だったりする人よりも、幸福そうに見える人を非常に好むことが研究でわかっている。しかし、デモクリトスのように常時笑顔を浮かべていることで感情的にどのような負担がかかっているのか?働く人々にそれを求めるのは、はたして公平なことなのだろうか?我々は、まさにこのテーマにかかわるエビデンスを再調査したところだが、その結果憂慮すべきことがわかった。

 我々が幸福そうな顔の人を好きな理由は、他人のポジティブな感情によって我々の精神状態もたちまち引き上げられるからだ。たとえば、最近の調査によると、お見合いパーティなどでポジティブに映る人は周囲の感情をも高めるため、2回目のデートにこぎつけやすいことがわかった。

 しかし、他人を喜ばせるために、幸福そうな顔をすることで、感情面にどのような影響がもたらされるのだろうか?アメリカの社会学者、アーリー・ラッセル・ホックシールド氏がおこなった先駆的な研究によると、そのような「感情労働」は深層演技と表面演技という2種類に分けられるという。我々は実際の感情を変えることなく、表情やジェスチャーを調整するときには、表面演技をしている。たとえば、嬉しくもないのに笑顔を浮かべるといったことだ。

 一方、好ましい感情を掻き立てる何かを頭に浮かべたり、ネガティブな体験の重さをそぎ落としたりするなど、自分の感情を変えようとするときには深層演技をする。たとえば、気難しいクライアントに対応する際、次の休日のことを考えたり、相手の長所を思い浮かべたりするということだ。

 いずれのテクニックも、家庭や仕事でより良い人間関係を築くのに、ある程度役立つが、しかし、全体的に見れば、深層演技はより「本物の感情」を引き出してくれる。事実、最近の調査によると、深層演技をおこなっているウェイターは他の人よりも多くのチップをもらう傾向があることがわかった。

◆労働者への重い負担
 サービス部門の従業員なら、クライアントにいい思いをさせて、また戻ってきてもらえるように、特定の感情を抑えたり増幅させたりする、といった感情労働をプレッシャーに感じていることは間違いない。感情労働に関する経験的研究のほとんどで、ネガティブな効果が発見されている。表面演技をする人は「仮面をつけて」おり、自分の中で表情と感情の間に不健全な葛藤が生まれてしまう。2011年に行われた95件の研究について再調査を行ったところ、表面演技が感情的疲労や緊張、仕事の満足度低下、そして雇用主組織への愛着の低下などと結びついていることがわかった。また、睡眠障害、頭痛、胸痛などの心因性の問題も引き起こすのだ。

 一方、深層演技は個人の業績向上や顧客満足度、雇用者への愛着など複数の肯定的な成果に結びついていた。これはおそらく、より「本物の感情」を生み出すことができ、それが顧客や同僚に喜ばれるからだろう。また、より実りある社会的交流をもたらしてくれる。しかし、いいことばかりではない。深層演技はより大きな感情疲労、そして多くの心因性の症状と結びついていた。研究者の間で意見の対立があるものの、表面演技そして深層演技のいずれも従業員にとって有害となる可能性があると思われる。

 より広い視野で考えてみよう。感情労働が我々を疲弊させ、ストレスや緊張の蓄積につながるとするなら、我々の人間関係にも悪影響を与える可能性がある。複数の理論によって自制心と自己規制というのは、限りがあり、いずれ枯渇しかねない精神資源のプールに依存していると提言されている。そして、感情労働が繰り返されれば、これらの資源が使い尽くされてしまうと言うことができる。結果として、他人とうまく付き合う代わりに、些細なきっかけで爆発して攻撃的な反応をしてしまうのだ。

我々は皆、その気持ちがわかる。 Peshkova / Shutterstock.com

 過去10年間、私は職場いじめの分野で研究を行ってきた。私は、職場いじめがストレスによって引き起こされる可能性があると認識している。ストレスの多い状況下では、人はより防衛的で傷つきやすくなり、そのことから敵対的に行動しやすくなる。そして感情労働がストレスと緊張を生むのだと考えれば、いじめを引き起こす可能性があるというのもうなずける。

 私は同僚のアスタ・メディソースカイト氏と調査をおこなうことにした。はじめに、我々は感情労働と職場の同僚への攻撃とを結びつけている既存の研究論文を系統的に再調査した。具体的に言うと、我々が調べたのは感情労働と職場での人間関係の機能不全を研究した最新の調査(おもに2015年と2016年に発表されたもの)だ。

 我々の再調査結果はまだ出版されていないが、ヨーロッパ労働組織心理学協会(EAWOP)の直近の会議で発表された。その内容は、ほとんどの研究が、表面演技は職場における顧客および同僚に対する攻撃的行動に結びついていたことを実証している。深層演技が同僚への攻撃につながるとした研究は1件だった。攻撃行為が参加者自身によって報告された場合もあれば、同僚や監督者といった他者から報告された場合もある。

 将来的には、ジェンダーや文化的背景、訓練、そして組織における社会化が感情労働や職場の人間関係に影響を与えるか否かを確認したいと考えている。そして次のステップとして、サービス業で働く従業員に直接話を聞いて、質的研究を実施する予定だ。さらに、舞台俳優や監督と協調介入プロジェクトを立ち上げ、舞台演技のテクニックをサービス部門の組織に移譲する方法を検討中だ。

 さしあたっては、感情労働が組織に役立つことは認識しつつ、実際にはパフォーマンス低下を招く可能性がある。もし我々が、誰もが自分の内面にヘラクレイトスを抱え、時にはそれを表に出さなければならないと受け入れれば、職場のストレスやいじめを減らすことができるかもしれない。そして、最終的には、職場がより幸福で生産的な場所になるかもしれないのだ。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac