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どれだけ自分が楽観的でポジティブでも、チームの雰囲気が悲観的でネガティブなら、チームのパフォーマンスはあがらない。ではどうすればいいのか。ポイントは「なぜ問題が起こったのか」という「問題志向アプローチ」ではなく、「こうなりたい」という「解決志向アプローチ」だという。「リチーミング」という最新理論を紹介しよう――。

■「旭化成陸上部」が躍進した理由

リチーミングは「チームを再構築する」といった意味の造語。1990年代前半に、フィンランドの社会心理学者であるタパニ・アホラ氏と、精神科医のベン・ファーマン氏が共同で開発した。通信機器メーカーのノキア、フィンエアーなど同国を代表する大企業も、組織の再活性化のために次々と採用。現在では日本、米国、英国など世界24カ国に広まっている。

そして、日本でリチーミングの普及の先頭に立っているのが、ランスタッドEAP総研所長の川西由美子さんだ。かつて川西さんは、心理カウンセラーとしてメンタルの不調を訴えた社員をケアしていたのだが、治療して復職しても、ストレスの多い社内環境が変わっておらず、再発するケースが後を絶たなかった。

「組織の体質を改善しない限り、根本的な解決にはならなかったのです。しかし、当時の日本には、臨床心理学的アプローチで組織開発を行うメソッドが存在していませんでした。そこで、そうした成功例がないか探したところ、リチーミングに出合いました」

風土改善と業績アップのために、日本で初めてリチーミングを採用したのは旭化成陸上部。メンタルトレーナーとしての川西さんの指導のもと、さまざまな取り組みによる相乗効果が出て、導入した2005年に15位だったニューイヤー駅伝の成績が、06年に8位、07年には2位へ上がった。それをきっかけにリチーミングの効果が日本でも知られるようになり、現在では数百社もの日本企業が採用している。

現場目線でストレスフルな状況でも、その原因を追究するのではなく、「こうなりたい」という自分たちの理想像を先に掲げ、その実現に取り組むのがリチーミングの特徴で、そうした方法を心理学では「解決志向アプローチ」と呼ぶ。これまでは何らかの問題を解決しようとする場合、「なぜ問題が起こったのか」と原因をまず究明し、そこから解決策を導く「問題志向アプローチ」が一般的で、日本企業の業務改善活動でも、「QC(品質管理)」のような問題志向アプローチが主流だ。

だが、問題志向アプローチには弱点がある。「責任を問われるのでは」と恐れたメンバーが非協力的になり、活動が進まなくなることがあるのだ。「また、本来は手段であるはずの原因究明に終始し、それが目的化してしまう例も多いのです」(川西さん)。

■人間関係がよくなり、人が育つ

一方、解決志向アプローチでは問題点を扱うが、原因追究をひとまず棚上げするので、メンバー全員が前を向きやすい。川西さんは、「問題志向アプローチも重要ですが、それだけでは不十分。解決志向アプローチと併用することで、大きな効果を得られます」という。

リチーミングには「楽観的な考え方が身に付く」「モチベーションが上がる」「人間関係がよくなり、人が育つ」という効果もある。売上高や生産性のアップといった数値化できる「有形効果」と違い、それらは効果が測定しにくいために「無形効果」と呼ばれる。しかし、川西さんは「リチーミングによる無形効果で組織の体質が改善されれば、自ずと生産性や売上高、品質も高まります」と指摘する。

リチーミングの流れは、図1のように12のステップからなる。とくにステップ1の理想像を描くまでのプロセスが大切で、ストレスを抱えたチームメンバーの問題を共有化し、心の浄化作用を高める必要がある。そこでサポートするのが、EAP総研が教育機関となり、フィンランドの機関から発行された資格を得たリチーミングコーチ。川西さんは「ワークに入る前に、お互いに忌憚なく意見をいい合うプロセスを共有していきます」という。

問題解決後の自分たちの理想像を思い描くためには、現状でどんな問題を抱えているのかを皆で洗い出す必要がある。それゆえ「メンバーから自分に対する不満が出ても、問題解決のきっかけなのだから責めない」という理解を徹底させて、耳の痛い話でもメンバー全員で受け止めるようにするのだ。

■営業マンの「皆を食わせている」という態度

では、全国50支店のなかでワースト2、49番目の営業成績だった大手ハウスメーカーのA支店でのリチーミング研修の取り組みをベースに、具体的なワークの内容を見ていく。ここに出てくるストーリーは、理解しやすくするためにアレンジしたもの。リチーミングの12ステップについて川西さんは、「最初の理想像を描けた後は、順番にこだわる必要はなく、一連のワークのなかでこなせばいいのです」と話す。

図2を見てほしい、A支店の現状で何が問題なのかを洗い出したところ、事務は新規案件が舞い込むと、成績のいい営業マンにばかり回すので、一部のメンバーに仕事が集中し、営業部門の稼働率が低下していた。また、営業と設計の連携が上手くいっていないため、せっかく引き合いがあってもレスポンスが遅く、顧客をライバル会社に奪われていたことがわかった。

すると、全員の心の根底に流れる問題意識として「社内の協力体制が取れていない」ということが浮かび上がってきた。さらに、協力体制が欠如している結果や影響を皆で話し合う過程で、「営業部門と、設計・施工・事務の各部門との溝が深いことがわかってきました」と川西さんは明かす。

結局、営業マンの「皆を食わせている」という態度が、他の部門の反感を買っていたのだ。ヤル気を失った設計担当は、「就業時間内でこなせるように仕事をセーブしていた」と告白。一方で営業マンは、「どうせ設計が遅れて、お客さまに逃げられるから」と、仕事に後ろ向きになる悪循環に陥っていた。

そこで「設計が遅くて積極的に営業しなくなることが、自分にとってなぜ問題なのか」を解釈してもらうと、「A支店の営業成績が下がり、自分の査定にも響いて収入が減ったり、昇進できなくなる」という危機感が芽生えてきた。川西さんは「メンバーそれぞれの悪化のシナリオを描くことと、自分の解釈をすることで、A支店の問題が人ごとではなく、自分にとっても死活問題だということが、全員の腑に落ちたわけです」と説明する。

次に、「自分たちはどうなりたいのか」を思い描いてもらうと、「いつも笑顔で、何でも話し合える職場になり、50支店中10位を目指す」という理想像が全員から打ち出された(ステップ1)。さらに、それを実現するチームとしての初めの一歩が「ゴール」であり、「まず各部署の困りごとを知ろう」ということになった(ステップ2)。

■ゴールに対する現在の位置を点数化

もちろん、10位へ引き上げるのは、並大抵でないことは全員が認識している(ステップ7)。そこで図3のシートを用いて、ゴールに対する現在の位置を点数化しながら確認し(ステップ5)、ゴール達成が可能な自信の根拠を、これまで行ってきた努力のなかから見出していく(ステップ8)。同時にゴールを達成できたときの利点も皆で話し合う(ステップ4)。

そして、個々人の「最初の一歩」として取り組む具体的な行動を考える。設計のCさんは、状況を把握して、より効率よく仕事を進めていくことにした。そうした各自の今後の行動がシートで一目瞭然になれば、それは皆の前で誓いを立てたのと同じで(ステップ9)、自らゴールへ向かっていく。

■営業成績を一挙に5倍、10倍へとアップ

川西さんは「その際に行動を実行したときのイメージを、なるべく具体化するといいでしょう」とアドバイスする。今後の成長を思い浮かべて(ステップ6)、モチベーションアップを図るのだ。事務のEさんなら「新規案件を若手営業マンに紹介するようにしたら、『僕、がんばります』と笑顔で応えてくれる」といったように。また、実行を支援してくれるサポーターも決めて記入する(ステップ3)。「ここまでが『前編』で、全メンバーが実践に移し、約1カ月後にフォローアップの『後編』に入ります。後編では実行までのプロセスの確認と、実行失敗のフォローを行います」と川西さんはいう。実際の研修では前編・後編ともに複数のシートを使いながら進め、後編の後に自分たちで維持・継続するためのシートもある。それが図4の「実践・検証記録シート」である。

ここには、自分の具体的な行動に対する周囲や自分の変化や、その結果などを書き込む(ステップ10)。「理想像とゴールを思い出すためです」と川西さんは説明する。同時に、成功や失敗の要因を検証することで改善点を見つけ、何かトラブルが起きた際の対処法につなげていく(ステップ11)。

このフォローアップを毎月続け、最終的にゴールに達したら、皆で成功を祝う(ステップ12)。A支店はスタートしてからわずか半年で、営業成績が全国5位に躍進し、想定以上の結果を出した。事務のEさんの支援を受けた若手営業マンたちは、もともと伸び代が大きかっただけに、営業成績を一挙に5倍、10倍へとアップさせていた。

■ポジティブな雰囲気に満ちたチームへ

これまで見てきたリチーミングステップは、研修とその後の自分たちでの維持・継続を通して何度も繰り返し行われていく。そして、1年・365日続けていくことで、ポジティブな雰囲気に満ちたチームへ変わっていくのだ。

また、リチーミングについて川西さんは、「心理療法がベースになっているので、個人のマインドセットにも応用できます」と指摘する。まず、いま自分が苦しんでいることや困っていることを書き出す。そして、その状況が進むとどうなるか、悪化のサイクルを想像する。次に素直な気持ちで頭に浮かぶ理想像を書き出して、思いを新たにするマインドセットを行う。最後に、理想に到達するには何から手をつけたらよいのかを熟考し、自分がどうするか「行動宣言」をするのだ。

「物事をポジティブに捉えながら共感し、協働できる職場なら、自然に人が育ち、業績も高水準にあるものです。よい組織は『5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)』ができているといわれますが、それに“スマイル”を加えた『6S』こそ、結果を出せるチームの条件で、リチーミングの最終目的だと考えています」と川西さんはいう。

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川西由美子
ランスタッドEAP総研所長。ビヘイビアヘルス・コンサルタントを務めながら、リチーミングの指導者資格を取得。著書に『チーム改善をしたいリーダー・推進者のための心の好循環サイクル』など。

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(ジャーナリスト 野澤 正毅 撮影=加々美義人、宇佐見利明 写真=Getty Images)