辞任した稲田防衛相。PKO日報問題で引責(写真=AP/アフロ)

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メディアから「史上最低」とまで書かれた稲田朋美元防衛大臣。実は、防衛省内には彼女を守ろうとした集団もいた。それは真偽不明のリーク攻撃に屈すれば、「文民統制」を脅かすことになるからだ。しかし産経新聞などの「保守派」は稲田氏を裏切った。それが真剣に国家を憂う者の感覚なのか。安全保障の専門家・部谷直亮氏が問う――。

■「日本の文民統制は負けた」

「神よ、なぜわれらを見捨て給うたのか」。この世のすべての悲惨さをかき集めた地獄のようなスターリングラード攻防戦で、あるドイツ軍将校はそういう感想を抱いたという。おそらく稲田朋美元防衛大臣もそういう感想を抱いたのではないか。この場合の神は、産経新聞を筆頭とする最後になって見捨てた保守派だ。しかし、防衛省内では、制服組(自衛官)、背広組(文官)を問わず、稲田氏の悪評がとどろいていたのは事実である。

ただし、他方で、稲田氏を最後まで守ろうとした集団も、省内の一部にはいた。実際、ある背広組の官僚は「稲田大臣を守れなかった。陸自の真偽不明のリーク攻撃に日本の文民統制は負けた」と辞任の翌日、悔しそうに無力感を漂わせながらつぶやいたという。

なぜ彼らはメディアから「史上最低」とまで書かれた、危篤状態の稲田氏に尽くしたのか。筆者も今でも半信半疑な部分もあるが、省内の複数の人間が稲田氏について以下のように打ち明けてくれた。

■「(下から数えた方がかなり早いが)史上最低ではない」

「確かに言動は自由すぎたし、それで自民党内の信望は無くなったが、民主党政権時代の田中直紀氏、一川保夫氏の両大臣よりマシ」
「護衛艦に無理やり地元の町名から『しらね』と付けた金丸信防衛長官、74式戦車に山中式戦車と名付けようとした山中貞則防衛長官の方がひどい」
「彼女の服装がフリーダムだったのは事実だが、そもそも文民には制服がないのでそれほど問題だとは思わない」
「国会答弁は良くも悪くも『棒読み』なので防御力は高かった。自らの答弁に自信がある人だと失言につながってしまう」

要するに、稲田氏の大臣としての能力は、「(下から数えた方がかなり早いが)史上最低ではない」ということのようだ。また、稲田氏のリーダーシップを評価する声もある。民進党議員による女性防衛省職員への悪辣なパワハラを問題視し、断固とした姿勢でこれを大々的に取り上げ、対決姿勢を明らかにしたことは省内で評価され、最後まで稲田氏を守ろうとした人間たちの動機の理由の一つになったという。

■問題は「陸自側の最初の不手際」にある

むしろ、実際、防衛省の内部では、今回の件については稲田氏よりも、陸自側の最初の不手際――最初の情報公開請求で、「日報」の存在を黒塗りにせず、そこから「日報」の存在が判明し、さらなる情報公開請求を招いたこと等々――と、その後の度重なるメディアへの真偽不明のリークへの責任を責める声が大きい。

しかし、いわゆる「保守派」はそうではなかった。関が原の戦いにおける小早川秀秋のように土壇場になって、稲田氏を裏切ったのである。例えば、産経新聞は7月21日になって、一面で「混乱招いた稲田氏言動」と大々的に報じた。しかも、その批判は「奇抜な服装」「国会答弁も不安定」という表面的なものであったし、この段になってわざわざ指摘するべきものでもなかったからだ。それらは最初から明らかだった話であり、それをいまさら指摘するのは、状況の不利を悟っての変節でしかない。

中にはこの期に及んで、得意げに「私は最初は稲田大臣に対して非常に期待していたが、人の上に立つところが薄かった」などという保守派の論者まであらわれた。これも最初から明らかな話だったではないか。過去の防衛大臣のように、防衛省などの副大臣、政務官を務めたこともないし、実務的な防衛政策について論じたこともない。政調会長時代には小所帯の政調会長室の運営すら難儀していたという話もあり、その人物が約25万人の組織を運営できるか否かは容易に想像がついたはずだ。これまで散々持ち上げておいて、今になってそれをいうべきではないだろう。最後まで、義理人情と筋を通したのは月刊『Hanada』編集長の花田紀凱氏ぐらいだったのではないか。

■「ハイヒール姿」などで自衛隊の士気は下がらない

他方、産経新聞は、稲田氏が被災地で奮闘する自衛隊員を激励に訪れることすら「響かぬ激励、救援の妨げ」と批判した。もし、稲田氏が被災地へ赴かなくても、赴かなかったことを産経新聞は批判したのではないのだろうか。産経新聞はその2週間後に「稲田防衛相辞任 首相の情けが将来の芽も摘んだ」と見出しで断じているが、少なくとも首相だけでなく、産経新聞の情けともするべきだろう。

防衛省の日報問題で明確になったのは、「軍隊を使って実施する作戦行動であるにもかかわらず安全である」という論理矛盾を抱えた建前を立てなければ何もできない現状と、制服組と背広組の内部対立という深刻な問題であるはずだ。このことは、今後の海外派遣や日本有事にも通じる問題である。今こそ、具体的な防衛省についての政策論や組織マネジメントを議論するべきだ。朝日新聞の報道姿勢や稲田氏のファッションや資質の前に議論すべきなのはそこではないか。

それにもかかわらず「(稲田氏がハイヒール姿で視察を行ったことで)士気が低下した」(産経新聞)などと騒ぐことにどれほどの意味があったのだろうか。革靴、運動靴、長靴、紋付き袴に草鞋、軍靴だったら自衛隊の士気は下がらないで済むのであろうか。自衛隊はそんなに惰弱でナイーブで情けない組織なのだろうか。もしそうなら中国軍のサイバー攻撃や大量の弾道ミサイルの前に一瞬で士気は崩壊するだろう。だが、自衛隊はそのような組織ではない。実際、陸上自衛隊の現場の幹部たちの多くは、そのような些事(さじ)よりも「このようなリーク合戦による泥仕合が国益に資するか。陸自のためになるのか」との共通した感想を漏らした。これが真剣に国家を憂う者の当然の感覚だろう。

■表面的な「合言葉」に反応する自称保守

自らを真正保守だと信じるなら、サムライなら潔く稲田氏に殉じる、もしくはこれまでの自らの不明を総括し、今後の糧なり指針とすべきだったのではないか。それがこれまで彼女を散々持ち上げ、慰安婦問題などで往生際が悪いと朝日新聞を批判し、戦後の日本人の「変節」を批判してきたことへの筋の通し方ではないのか。これでは、また同じ過ち――組織マネジメントや政策能力ではなく、表面的な思想面での合言葉が一致すれば持ち上げる――によって、第2、第3の稲田大臣がいずれかの省庁に将来出現してしまうではないか。

そもそも司馬遼太郎が「明治の父」と賞した幕末の大官僚たる小栗忠順は、「もう病気が治らないからといって薬を親に与えないのは孝子の行いではない。国が亡び、この身が倒れるまで全力を尽くすのが真の武士である」と喝破した。これは親だけではなく、上司や組織にも言えるだろう。そして、この言葉を内局と統幕の一部の官僚と自衛官は実践した。土壇場で「変節」した産経新聞および真正保守派を称する知識人たちは、小栗の言葉を一考すべきではないか。そもそも義理人情と筋を通すのが、日本が将来にわたって保守すべき価値観であり、美徳なのではないだろうか。

(一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構研究員 部谷 直亮 写真=AP/アフロ)