大物と対等にわたりあう一方で、後輩にはボロクソにイジられる――そんな国民的芸人の足跡を『笑福亭鶴瓶論』で論じ尽くした、テレビっ子ライター・てれびのスキマさん。そこで、スキマさんによるNHK『鶴瓶の家族に乾杯』密着インタビュー(『文藝春秋』2016年5月号)を「文春オンライン」でも一挙公開します!

一つ作ると全部作らなあかん


©深野未季/文藝春秋

鶴瓶 よくオモロイ人に出会ったり、信じられないような偶然の出来事に遭遇しますけど、これ、引きが強いわけじゃないんですよ。ホントにそうですよ。

 僕、45年この世界にいてるんですけど、昔からこんな人間ですから。テレビ撮ってなかっても毎日こんなんですよ、マジで。それがたまたま『鶴瓶の家族に乾杯』として番組を撮ってるからそう見えるだけで、普段からそんなことがありますね。だから引きが強いとかじゃない。何が言いたいかというと、「作らない」からですよ。芸人ってやっぱり作り込みますからね。だから、今までにない芸人を目指そうとしたら作らないことですよ。一つ作ると全部作らなあかん。作らないとそういう偶然が起きるんですよね。ゲストの方もよう言わはります。「ほんまに作ってないの?」って。

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『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK総合)。笑福亭鶴瓶がゲストの希望した土地に「ぶっつけ本番」で行き、そこで出会った地域の人たちと触れ合う番組だ。リニューアル初回はゲストに柄本明を迎え、広島県呉市の大崎下島と豊島へ。


©深野未季/文藝春秋

 私はロケにも密着したが、事前に「作らない」ことへの徹底ぶりに驚かされた。何しろ、現地の人はもちろん我々にも直前まで具体的な行き先が明かされないのだ。

 いざロケが始まると、いきなり「歯を食べた」というおじさんに出会い、「ドンキ1号」なる古い商店に似つかわしくない名前のお店を訪ねると、その店主のおばあちゃんがなぜか頬に大きな絆創膏をしていたり、最後はひょうきんに下ネタを連発させながら妻とのノロケ話をするおじいちゃんに遭遇したりと、次々に強烈なキャラクターの人たちが鶴瓶に引き寄せられていった。

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これ、もう一つの寄席ですよ

鶴瓶 スタッフが誘導しようとすると怒りますよ。自分が行きたいと感じるところに行く。するとこういうことが起きるんですよ、やっぱり。つかみがあって、ちょっといい人情話もあるじゃないですか。これ、もう一つの寄席ですよ。

 移動中の車の中でパッと見たら「ドンキ1号」って見えたんですよ。普段からそうなんですけど、「エッ」って思う看板はやっぱり見てしまう。それが気になると行かなあかんのですよ。「歯を食べた」おじさんも、それまで何人か通りかかって、あの人だけを呼び止めたのは、全体のフォルムが面白そうだったから。この番組に出る人、歯ない人多いんですよ(笑)。近づいてまた歯ない人やな、と思っていたんですけど。そしたら「歯を食べた」と。ふふふ。あの人の人間性がオモロイわけですよ。別にテレビに出たいわけじゃないんですよ、あの人。自然なんですよ。

 この番組は、出たそうに来はる人には一切行かないです。あとテレビに映るのが嫌だと思う人には、絶対に行かない。行ったら、だって気の毒でしょう? それと、嫌だと思うことは質問しないですよね。嫌な気にさすのんって嫌じゃないですか。でも、口で嫌だって言っても、本気で嫌じゃない人は分かりますからね。近寄ったら明るくならはるでしょ? ちょっと高揚して若くなるじゃないですか。無理やり何かをさすんじゃなく、どんどん乗ってきはることを待って、やっぱり楽しんでくれはるようにしないと。

 で、ラストに出たおじいちゃんのケンゴさんのような、すごい人に出会うわけ。あんな人、普通出会わないですよ。90歳を超えた人がいきなり「僕、ここがダメなんだ」って下半身を指して言うんですよ(笑)。でも全然やらしくない。僕、ディレクターに編集で「あれ残しとけ」とは言うてないんですよ。それはNHKが自由にしたらいいんです。だけど、残したほうがあの人の人間性が出るじゃないですか。男ってそんなもんですからね。歳行ってもそういう思いを持ってる。それはいやらしくないですよ、あの人見てたら。

「家族に乾杯」収録に臨む ©深野未季/文藝春秋

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 ロケに密着して驚いたのは鶴瓶の根気強さだ。正直言ってはじめは何を言っているのかよく分からない人に対しても、鶴瓶は自分が理解できるまで繰り返し話を聞いていた。そうしているうちに話が噛み合いだし、その人の面白さを見事に引き出すのだ。

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僕が無理に説明してしまうと面白くも何もなくなる

鶴瓶 本当にその素材が面白いから、いかに待つかですよ。その人の人間性が全体で分かるぐらいに待つかですよね。こっちが「こういうこと言うてはんねんな」ってテレビ見てる人に説明する必要はないんです。テレビ見てる人と僕とが同時にその人を理解するぐらいの気持ちでないと。変に僕が通訳する必要もないわけですよ。うれしそうに眺めて話を聞いてると、それで成立する。僕が無理に説明してしまうと面白くも何もなくなる。だから、ずっと待ってるんです。で、気になった言葉だけツッコんでいく。「(頬の怪我の治療は)どこの病院行ってるの?」「小児科」。「小児科?」って(笑)。でも、あの人はオモロイこと言おうと思ってないから。おばあちゃんだけど、ほんまに小児科行ってはんねんね。それは面白いですよね。

 これだけは編集で生かしてほしいなというのはあるけど、口出しはしないです。素材を全部僕が持って帰ってくるから、どうぞ好きに編集してください、いうスタンスなんです。でもやっぱり思ってた通り全部残してくれますよ。だから、信頼関係です。ただ、ロケ中に自分が一つの目線で撮ってる時には流れを止めないで、と。そこは一番大事ですよね。いい食材があるからいい料理が出せるということ。作り物の養殖を渡したってろくなものはできないんですよ。いかに天然の素材を使って、腕のいいディレクターが料理するかですよね。

その人が過去に何かすごいことをしたとか、そんなことどうでもいい

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『家族に乾杯』はロケの後にスタジオ収録があることが大きな特徴だ。通常の番組では事前にスタッフがロケ地に赴き、面白そうな場所や人をピックアップしてそこに出演者が訪ねて行く。だが、この番組は逆だ。出演者がぶっつけ本番で出会った人たちに、後からスタッフが取材を行い、ロケの時には伝えきれなかった部分をフォローしていく。だから一見ロケだけでも成立しそうな番組にスタジオ収録が必要なのだ。

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©深野未季/文藝春秋

鶴瓶 やっぱりスタジオ収録をしたほうが、あったかさが出るんですよね。ロケでは会えなかったケンゴさんの奥さんがVTRで出てきて2人で幸せそうにしゃべっていたシーンも、それをスタジオで見て僕が理解することがすごく大事なんです。ちょっと泣くよね。ほんとに。ああいうのは普通に取材しても撮られへんよ。

 この番組はテレビ局のためにやってるわけやないんです。「その人」に向けて作ってる。行ったところの人たちが主役で、その人が過去に何かすごいことをしたとか、そんなことどうでもいいわけですよ。みんなそれぞれすごい人生を持ってはりますからね。その人生にどうスポットを当てるか。別にカメラの前でオモロイことを言う素人は要らんのです。そのままの人間性を映すのが一番大事ですよね。

人を追わないと。モノを追ったって全然ダメですね


若き鶴瓶 ©文藝春秋

鶴瓶 この間行った浜松なんかも、いろんなことがあって。浜松やからやっぱりウナギの天然のところへ行こうって思ったんですよ。行ったら3人の子供がブワーッとこっちへ走ってきたんです。「今日、高校の試験受けてきたところなんです」って。3人違う別々の高校なんですけど。ほんで、しゃべってて、一番いい学校を受けたやつがおるんですけど、こいつが急に「アッ」と言って去っていったんですよ。で、「どこ行きよったんや、あいつ」って言ったら、「いや、知らん」と。どこに行くとかも何も言わんと、ちゃんとあいさつもせんとどこかに行ってしまいよった。「なんぼ頭ええ高校行くか知らんけど、ああいうのになったらあかんよ、おまえら。分かってるのか」「はい」って言うてたら、しばらく経って汗だくでそいつが、ものすごいお造りを持って来よったんですよ。「なんやそれ?」「うち居酒屋やってるんですけど、どうしてもおいしいもの食べてもらおう思って」って言うから、みんなに「こういう人にならなあかん」と(笑)。

 これ、メッチャおもろいでしょう。コントですよ。何も言わんと出ていきよったんやもん。で、「おまえのとこの家行こう」言うてそこの家族を訪ねていったら、やっぱり親もいいんですよ。すごく素敵なんです。もう別に天然のウナギはどうでもいいわけです。そこに無理に行く必要なんて全くないんですよ。やっぱり流れを止めないのが大事。途中でテーマをすててそっちの人に走るっていう。そこからドラマが生まれる。人を追わないと。モノを追ったって全然ダメですね。

(#2に続く)

取材・構成:てれびのスキマ(戸部田誠/テレビっ子ライター)
出典:文藝春秋2016年5月号

(てれびのスキマ)